Case.5 相手に恋人がいる場合


「あれだよ。あの二人のどちらかだよ七海くん」


 日向の後に付いて行けば、ゴミ袋を持って歩く二人組の男女がいた。

 男の方は、THEイケメン。一見チャラそうだが、こう見えてしっかりものというか。クラスメイトからはもちろん、先生からの信頼も厚そうなのが、容姿から分かる。もちろん、大きなゴミ袋を持っている方だ。

 一方、三回りくらい小さいゴミ袋を持っている女子は、髪型がルーズサイドテールの可愛らしい感じの子だった。身長は平均よりは低そうだが、日向よりかは高そうだ。

 つって、バレないように遠方から観察してたので、分かるのはここまで。

 二人は和気藹々と──ではなく、特に言葉を交わしている感じはなく、学校全体からゴミを集積するゴミ箱に袋を入れた。



「…………ぁ、ありがとっ……‼︎」

「どういたしまして。それじゃあ僕は部活だからここで。じゃあ、また明日」


 男が俺たちの方に来るので、日向と共に物陰に隠れてやり過ごす。


「……くんくん。失恋してるのはあっちの女の子の方だねー」

「失恋の匂いねぇ……。どう見てもフラれ現場には見えなかったぞ。ただゴミ捨てしただけにしか……」

「うーん。たしかにそだねー。じゃあ本人に聞いてみよっか! おーい!」

「もうちょい調べてから、っておい!」


「ねーねー! そこのキミ!」


 突然話しかけられた女子生徒は当然ながら狼狽える。

 他の人に話しかけたのかと思い、キョロキョロ見回すが誰もおらず、日向が真っ直ぐにこっちを見ているから、自分だと悟る。


「ぇ……ぁ……」

「最近失恋した?」

「ぇ……」

「ワタシたちは失恋更生委員会! キミの失恋を更生させブゥ‼︎」

「いきなり何言ってんだお前は!」


 持ってた旗を日向の頭に振り下ろした。こうでもしないとこいつは止まらない。


「いったー! なにすんのさ七海くん!」

「いいから行くぞ! うるさくてごめんな、じゃあ俺たち行くから」

「…………っ! ま、まって……‼︎」


 俺が日向を無理やり連れて行こうとしたその時、彼女が何か言った。


「…………失恋……更生? できるんですか……?」

「あ、あぁ。そう、らしい。俺は何とも言えないけど」

「できるよ‼︎ やっぱり失恋更生願望あるんだね! そういう時はワタシたちに任せてよ! 失恋更生委員会がキミを更生させるよ!」

「…………っ! お、おねがいします……! この〝好き〟を、忘れたい……わ、わたしを更生させてくださいっ……!」


 彼女は弱々しい小さい声で依頼してから、頭を下げた。

 不審者みたいな俺たちにお願いするほど、彼女はきっと思い詰めているのだろう。

 

「おぉ、初依頼……! よーし! 七海くん! 半分おさげのキミ! まずは本部に直帰だぁー!」


 歓喜の日向は依頼人を置いて走り去ってしまった。

 ほんとに大丈夫かよ……。



   **



「えっと……そこの自販機で買ったお茶です」


 公認の部室ではないので、当然お茶セットがあるわけない。

 彼女は財布を取り出して、払おうとしてくれたが、「いいよいいよ! それ委員会からの奢りだから!」と日向が断った。俺個人のポケットマネーだよ。


「じゃあ、まずはお名前を聞こっかな! なんてなまえー?」


 聞き方雑っ。既に友達みたいな言い方だな。


「…………ゥ…………」

「ん?」

「ぅぃ…………」


 声が小さくて聞こえねぇ……。

 恥ずかしがり屋なのかな。それにしても息遣いしか聞こえないんだが。


「んー、なに言ってるかわかんないから半分おさげ……略してハンゲでいい?」

「女の子にそれはなんかダメだろ!」


 痺れを切らした日向に対しツッコんだら、その声でこの子をビビらせてしまい、余計に喋れなくなってしまった。


「あ、ご、ごめん……! そうだ、スマホ。スマホで名前を打ってくれないかな?」


 俺がそう言うと、スマホを取り出してくれる。

 ここ、友出居ともでい高校は授業中でなければスマホの持ち込み使用OKだ。入学した当初は持ち込み自体禁止だったので随分緩くなったものだ。

 彼女はスマホのメモアプリに文字を打ち込むと、こちらに見せてくれる。


初月ういづきユウキ……。で、読み方は合ってるのかな?」


 聞くと、初月は何度も頷く。


「そっかー初月さんって言うのか。じゃあ、ういちゃん」


 馴れ馴れしい! ニックネームで呼ぶの早くない⁉︎ 本人もいきなり言われてビックリしてるし。


「ういちゃんはさっきまで一緒にいた男の子が好きなんだよね?」


 顔を赤くして、ゆっくりと頷く初月。


「それで告白してフラれたと」


 今度は神妙な面持ちで首を横に振る初月。


「え、告白してないのにフラれたってことか?」

「なるほどなるほど。そういうことだったのかー」

「どういうことだ?」

「体重の比重が下に固まっている七海くんにも分かるように説明してあげるとだね」


 おい、俺の頭はスカスカなのか。

 こう見えても地に足付けて頑張ってたんだよ。


「ういちゃんは、告白する前から諦めてるんだよ。きっと理由は相手に恋人がいるとか、そんなところかな?」


 溜めて首を縦に振る初月。

 そうか。相手に恋人がいれば、告白してもフラれるのが分かっている。似たような経験を俺も半月前に体験した。

 恋人がいるのを分かっていて告白するなんて、相手にとっては迷惑でしかないし、さらには嫌われるかもしれない。

 もっとも俺と初月は、恋人がいることを知っていたか知らなかったかと大きく違うのだが。

 だから初月は俺らに頼もうと考えた。

 この気持ちを忘れたい、更生させたいと。


「分かったよ、ういちゃんの気持ち。つまり、どうするべきなのか……」


 ──日向、お前は初月をどう励ます。


「寝取ればいいんじゃない?」


 最悪な答え‼︎


「何言ってんの⁉︎ 初月さんも驚いてんだろ!」

「えー、寝取ることが一番簡単だと思うよ。男なんて女の数増やせるもんなら増やす生き物だし」

「そんなことねぇよ! いや、ほんと違うから。初月さんも俺を見て怖がらないで⁉︎」


 知ってただろ、日向はこんな奴だって! 

 デリカシーを海に不法投棄するような奴だぞ!


「まぁまぁ。冗談は捨て置き」


 ほんとに捨てるな。


「好きな気持ちを忘れたい、だっけ。それはね、簡単なことじゃないんだよ。ういちゃん。忘れるためには一度酷く自分を傷つけなきゃいけない。このままずっと何も言わず、苦しみ続けるか。それともいっそ告白して傷ついて死んじゃうか。ういちゃんはどうしたい?」


 日向は真面目なトーンで尋ねた。

 初月は自分の気持ちと相談して、考えて、そして答えを打ち出した。


『傷付きたい。気持ちを伝えて、ちゃんと終わらせたい』

『任せろ!』


 いや、お前は普通に喋れるんだからフリップ使うなよ。どっから出したそれ。


「めいいっぱい傷付こう! その後は任せて。ワタシたちがういちゃんを更生させるから!」


 初月は頷いた。

 どうやら方針が決まったようだ。


 初月が想い人に告白する。

 そして、傷付いた心を俺たちが応援する。

 わざわざ俺たちで壊してから直すなんて、悪徳業者のやり口に似てないか?


「名付けて! 当たって砕けて貼り直せ! ういちゃん失恋大作戦だよ!」


 貼り直すとか、花瓶壊した子供じゃねぇんだから。


「じゃあ行くよー! えいえいおー!」

「おー」

「ぉぉ…………」


 恥ずかしそうな初月も一緒に、拳を上に突き上げたのだった。

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