Case.7 みんなの前で告白する場合
翌日、本番当日。
どうしてか俺が緊張していた。結果も分かっているし、そもそも俺が告白するわけでもないのに。
「なんで七海くんが緊張してるの?」
「わ、分かんねぇよ! けど、フラれるんだ。一日だけど今日のために頑張ったのに、フラれるのは決まってるんだ。あまりいい気はしないだろ」
「ふーん。七海くんは優しいね」
優しいってもんじゃない。
ただ勝手に自分と重ねてただけだ。
「あ、ういちゃん。やっほー」
放課後、本部にやってきた初月と合流。
彼女はこれから訪れる失恋に怯え、小さな身体は小刻みに震え、呼吸も浅かった。
「だ、大丈夫か?」
思わず心配の声をかけたが、初月は「大丈夫です」と頷いた。
けど、それでも見ていられなかった。
「日向、今日はさすがにやめた方が……」
「ん? なんで?」
「なんでって、見れば分かるだろ……!」
「んー。ういちゃんはどうしたい? 今日行けそう?」
「無理だろ。あんなすぐにでも倒れそうな──」
「七海くんには聞いてないよ」
……っ、確かにそうだけど、それでも本人の意思関係なく、危険だと思ったら周りが止めないといけないだろ。
「……ぃ、いけます……」
だが、初月がそう答えたことで体育館へと向かわざるを得なくなった。
「よーし! ういちゃん応援してるからね! レッツゴー!」
日向は初月と手を繋いで、本部を出て行った。
不安、もはや恐怖とも思える感情を持ったまま、俺は仕方なく付いていった。
**
初月の意中の相手、雨宮はバスケ部のエースだ。
一年からスタメン入り。中学生の時には弱小校だったバスケ部を県大会準優勝まで導くという実績と実力とカリスマの持ち主。
スポーツ推薦があったようだが、両親に負担をかけさせたくないとして家から通える公立高校にしたというが、まぁ、ここも公立の割にはスポーツ強い方ではあるからな。
今の世代だと上手くいけば全国を狙ってもおかしくないらしい。友出居高校創立初の奇跡の世代なわけだ。この高校、歴史浅いけど。
「で、日向。雨宮が一人になるタイミングを狙うわけだけど、こいつにそんな時はくるのか? クラスでも部活でも頼りにされる人気者。恋人もいるだろうし、なかなか──」
「え? 告白するのは今だよ?」
「今⁉︎」
鳩が豆バズーカを喰らった気持ちになった。
そんな作戦は聞いていないぞ。いや、そもそも作戦の具体内容とか聞いたっけ? つーか、作戦ってあるのか??
「さ、ういちゃん。言われたとおりに最高の舞台を用意したよ! あそこから想いの丈をぶつけるんだ!」
日向が指差したのは、どこの体育館にもある前方のステージ。
用意したって言っているが、ただ部活中にステージから告白してもらうだけだ。
「って待て待て! さすがに難易度高すぎるだろ!」
「もう、ういちゃん行ったけど」
「え⁉︎」
初月は体育館に入ると、目立たないよう、壁沿いを通ってからステージの中央に立つが、もう当然ながら目立っている。
普段見慣れない女子、しかも今日の体育館使用は男子バスケ部と男子バレー部と、制服姿の女子高生は完全に場違いであった。
一人気付くと、それにつられて一人、また一人と注目していき、いつしか体育館中の目を初月が集めていた。雨宮もその一人だ。
「こ、こんな状況で告白できるわけないだろ。声も届かないんじゃ……」
「大丈夫だよ。言葉にさえ出せば相手に届くように、ういちゃんには秘密兵器を渡したからね」
日向の言う秘密兵器とは、初月の手にある拡声器のようだ。
そういや、本部を出る時から日向はずっと紙袋を持っていたな。その中身をどこかのタイミングで渡したんだろう。
初月はみんなが自分を見ていることを確認すると、両手で拡声器を口元まで上げる。
『あ! ……っ!』
と思ったより音が大きく出たのか、初月はビックリして、拡声器の音量を調整する。
そして、息を整えて、心を落ち着かせ、彼女は想いを話しだす。
『あ……雨宮くん。あ、あの……こんにちは。二年六組の初月ユウキです』
最初に何から切り出したらいいか分からない初月は、自己紹介してしまった。
『わ、わたしが今こうして立っているのは、その、雨宮くんに伝えたいことがあって……わ、わたしは去年の体育祭のときから……、えっと……』
初月は想いを語り出すものの、肝心の〝好き〟という二文字が出てこない。
しどろもどろになる初月を見て、次第にクスクスと嗤いだす人や、疑問と侮蔑を混ぜたような表情を浮かべる人が徐々に伝播していく。
だが、こうなることは目に見えていた。
いきなり知らない奴が出てきたと思えば、何も言えずただ突っ立っているだけ。
こんなのおかしいに決まっているだろ。
俺だって、もしそこにいたのならば、周りに合わせて嘲笑っていたに違いない。
きっと、雨宮だって一緒に笑っているはずだ。
「みんな、少し静かにしてほしい」
だが、初月の想い人はそんな人間じゃなかった。
彼の一言に皆がすぐ黙る。
「彼女は、僕に何かを伝えるために今あそこにいる。きっとそこへ立つまでに相当な覚悟があったはずだ。だから笑って欲しくない。人の覚悟を笑う奴は僕が許さないよ」
驚いた。そんなことを平気で言えるのか。
けれど、雨宮は本気でそう思っている。相手の努力を認め、そして讃えるような人間であった。
そりゃ、これだけ真っ直ぐに言える人に優しくされたら好きになっちゃうか。
雨宮は初月の方へ改めて向き直ると、きっとその表情で何人も落としてきただろう微笑みで優しい言葉を使いだした。
「もう、大丈夫だよ」「もし初月さんの気持ちが整ったらゆっくりでいいから話してごらん」「しっかりと受け止めるから」などと甘い言葉をかける。
初月は一度、深呼吸をし、拡声器を床に置いた。
「……ずっと前から好きでした……! わたしと付き合ってください……!」
初月は自分の声で想いを伝えた。
「……ありがとう初月さん。けれど、ごめん。僕には彼女がいる。そして、彼女のことを大切にしたいから」
初月は黙ってその言葉を受け止めた。
彼女は今、フラれた。
分かっていた。彼女を捨てて自分に振り向いて貰えるなんて、そんな甘い話も奇跡もない。そんなことをしない人だと分かっていた。
けれど、辛かった。
初月は泣きそうになったが、なんとか涙目で堪える。
そんな初月のことをもう雨宮は見ていなかった。彼の彼女でバスケ部のマネージャーでもある
雲名も最初は浮気や略奪されるかもと色んな感情に押し潰されそうになっていたが、どうやらそれは杞憂に終わり、今はうっとりとした顔で、んん⁉︎
「どうしたの七海くん。そんな顔したってゲルニカの一員にはなれないよ?」
「あ、雨宮の彼女って、雲名さんなの……⁉︎」
「うん。って、あぁーそういえば七海くんが告白したのってあの子だったねー」
「し、知らなかったぁぁぁ……‼︎」
結局、あの後も誰と付き合っていたとか調べてなかった。
じゃあ、俺と初月はとあるカップルをそれぞれ好きになっていたってことかよ!
くそ、あそこが別れたり、そもそも付き合っていなかったら、カップルは二組になっていたのに! 幸せは多い方がいいだろ!
……って、いやいや彼氏彼女がいないからって付き合えるわけじゃないんだ。自惚れんな俺。
それに、俺にとってはもう過去の女……! これ以上気にすることも関わることもなくていい。
初月は当初の目的を達成したのだ。
この後はフラれた彼女を全力で励ます。それが俺たち失恋更生委員会に残された仕事だ。
まずは告白を終えたんだ。
一旦、一件落着ということで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます