Case.4 居場所がなくなった場合


 あれから二週間が経った。

 けど、俺の立たされている状況は何も変わらない。人の噂も七十五日と言うけども、本当に二ヶ月半経てば忘れてくれるのかね。

 ……いや、日向が絶えず言ってないよな。フラれたこと流布し続けてないよな⁉︎

 あいつならやりそうだ。俺はここのところずっと一緒に過ごしてきて、こいつのことが手に取るように分かっていた。


「うーん、中々フラれないねー。早く誰かフラれないかなー」


 手に取ったチョコを口に放りながら、人の不幸を今か今かと待ち望んでいる女だ。


「あ! もしかして浮気発覚からカップルは別れて、失恋発生するのでは! 七海くん! ちょっと彼氏持ちを寝取ってみて」

「するか‼︎」


 こんな感じで、俺は日向の思いつきと行動力に振り回されていた。

 たとえば先週、しれっとゴールデンウィークがあったのだが、毎日のように電話で呼び出されては、街中を「失恋更生だー!」と言って、駆け回った。

 オンラインゲームでもしようと思ったのに……迷惑行為として警察に注意されるとは思わなかったぞ。


「えぇー! どうしてしてくれないのー!」

「どうしてもこうしても、どうして俺が人から嫌われるようなことを率先してやるんだよ!」

「もう既に評価は地に落ちてるんだから、大して変わらないって。何がイヤなのさー」

「彼氏からボコられるだろ‼︎ 喧嘩なんて強くないし、非は俺にしかないから反撃できないし……って誰が評判ドン底だ! ……つーか、そもそもフラれたばかりの俺が彼氏持ちと付き合えるわけねぇだろ」

「たしかに。七海くんじゃ……うん、遠回しに言っても無理か」

「しっかり考えた上で全否定したよなお前」


 と、このように日向はとても失礼な奴である。

 たしかに俺は人気俳優のようにイケメンじゃないかもしれない。だが、別にブサイクでもないはずだ。

「客観的に見ても普通以上、上の下はあるはず。しかも毎日髪もセットしてるし。茶髪に染めたんだぞ。モテないラノベ主人公は絶対に黒髪だから、わざわざ染めてるんだぞ⁉︎」

「そういう見え透いた考えだからモテないんじゃないのー?」

「俺の考えを見通すな!」

「全部口に出てたよ」

「マジかよ」


 そもそも五月も半ばを迎えようとしている。もうすぐ中間テストだってのに、恋人を作ろうとする奴はこの世にはいない。


「まぁ、でも中間テストを過ぎたらカップルは増えるんじゃないか? 文化祭があるから」

「そう! 文化祭! 学校行事では一番大事なイベントごと! この時にはみんな浮かれて恋人を作りたくなるものなのだ! 成功率も高いけど、文化祭前後ではカップルが別れたり、そもそも告白に失敗する人もいる! 絶好の失恋更生アタックチャーンス‼︎」

「足を机にあげるな」


 けれど、日向の言う通りである。

 テストが過ぎれば、あちこちで成就と失恋が発生するだろう。

 だから俺は、その文化祭前滑り込み告白は嫌だったから、早めに告白したんだけどな。ついでにテスト一緒に頑張ろうイベントもしたかったんだけど……‼︎


「そのためにも、今はメンバーを増やすことが先決だね」

「え、これ以上被害者増やすのか?」

「ワッハッハッ! もう七海くんったら〜、被害者ってどの面下げて言ってるの〜。七海くんはむしろ加害者顔なのに〜」

「失礼の申し子かお前は‼︎」


 とりあえず今日も今日とて昼休みは終わった。教室に戻り、授業を受けて放課後が訪れる。

 授業中は勉強に集中すればいいが、英語の会話練習とか体育でのペア作りの時はボッチにはしんどい。

 なので、一番心が休まる時は苦手科目の数学となった。



   **



「なーなーみくん! 勧誘しよっ!」


 日向が迎えに来た。

 放課後はシフト制でクラスの半分くらいが、各場所で班に分かれて掃除をしている。今週の俺の班は自分たちの教室。

 そこに日向は掃除中なのにズケズケと入ってくる。長い旗を背負って。

 つーか、よく他クラスに入れるよな。普通は躊躇しないか?


「七海くーん。聞こえてる? ねぇねぇ返事してよ。おーい、小指で耳掻き失敗したかなー?」


 旗でバシバシ叩いてくるから、ほうきでガードする。


「聞こえてるよ、わざわざ返事をしないだけだ。あと、耳掻きはちゃんと綿棒だわ‼︎」

「あ、ねぇねぇそこのキミ! なんか失恋よくしてそうだね! 良かったら失恋更生委員会に入って、同類を応援しない⁉︎」

「おいそこ‼︎ 勧誘あげく失礼をぶち撒けるな‼︎」


 完全に俺を無視して、同じ班の男子に勧誘する日向。

 そいつ、引いてるしちょっと涙目で可哀想だろ、やめろこれ以上は!


「んー、ワタシの失恋センサーは正しいのになぁ」

「そうだとしても、本人に伝えるなよ。先に諦めたら当たって砕けないだろ。そしたらお前の出番がないじゃねぇか」

「たしかに! 七海くんあったまいい〜! ごめんね! そこのキミ! 勇気を持って告白した方がいいよ! ダメだと思うけど。その時はワタシたちを頼ってね! ワタシと〝七海くん〟がフラれても更生出来るよう応援するから!」

「おぉい! 俺も馬鹿にしてるみたいだろ! 強調するな!」


 きっと、のちに陰で言われるんだろうな。フラれたくせに生意気な、と。

 ただ、それくらい気にしない。こいつによって、もっと恥ずかしい目に遭わされてるからな……。

 とにかく掃除を俊敏に終わらせた。早く日向を本部まで連れて逃げたいからだ。



「七海くん七海くん。どうしてそんなに怒ってるの?」

「当たり前だろ、俺の評判がまた下がることしやがって!」

「ははっ、狙い通り」

「おい‼︎」

「いや〜、七海くん。それだけワタシのせいで自分の立場を失ってなお、こうして失恋更生委員会の本部に来るなんて、さてはワタシのこと好きだな?」

「ち、ちげぇよ!」

「ごめんねー。ワタシ彼氏募集してないんだー。だから七海くん可哀想だけど振るねー。ごめんなさい」


 ナチュラルにフラれたんですけど。

 誰か俺を拾ってください。


「あ、七海くんフラれたし応援しようか?」

「いらねぇよ」

「それにしてもさ、ずーっと鼻ムズムズするんだよねー」

「なに、花粉症か何かか?」

「ワタシ何もアレルギー持ってないよ。そうじゃなくて失恋センサーだよ。ここ最近、ずっと失恋の匂いがしてる。それも長い間ほのかに香る……だけど、誰かまでは辿れないし、時々しか匂わないんだよねー」

「はぁ……よく分かんねぇけどさ。ずっとってことは、フラれ続けてるってことか? そんなドMみたいな奴いないだろ」

「そうだね、七海くん以外」

「別人ってことじゃ、おい誰がドMだ!」

「ううん。同じ匂いなんだよ。失恋の匂いは人それぞれの特有の匂いがあるんだー。それに恋する相手とか、恋の仕方によって違う。今回は塩分過多な塩キャラメルみたいな匂い」

「塩キャラメル……の匂いが具体的に分かんねぇけどさ。じゃあなんだ、俺の匂いもあったのか?」

「うん。ちょっと表現しがたい臭いだったけど」

「表現しがたいって何? てか、ニオイの漢字がさっきまでと違くないか……⁉」

「あ、ちょっと息止めて! くんくん、失恋の匂いがする……!」


 ナチュラルに息臭いって侮辱した? したよな??


「七海くん、同じ塩キャラメルの匂いだ。しかも今は凄く強い‼︎ んー! これは大失恋な気がするよ! じゃあ行くよ!」

「色々と言いたいことはあるけど! とりあえず分かったよ……」


 言うことを聞かないと、きっともっと恐ろしい目に遭わされそう。

 素直に指示に従って、旗を持ち、本部(勝手に占領した教室)から出て行った。


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