第3話 イヴリンの場合 ① R15
ああ、もう。
なんで、こうもついてないのかしら。
昔っから、そうなのよ。
私は、何もしてないわ。
男の子のほうが、勝手に、私を好きになるだけ。
それを、なんなの?
私が、色目を使ったですって。
ふざけないでほしいわ。
なんで、私が、たかだか、工場長の息子如きを好きにならなきゃいけないの?
女の子は怖いわ。
徒党を組んで、私を有罪にしたてあげる。
そんな暇があるなら、もっと、お化粧の勉強でもしなさいよ。
男の子も酷いわ。
勝手に熱をあげて、近寄ってきたくせに、
本当にもう、なんで、こうも理不尽なの。
でも、仕方ないわね。
私が可愛すぎるのがいけないのよ。
金色の綿菓子の巻き毛、パッチリと大きな目。リップなんて塗る前からプルンとピンクの唇。
キャンディーポットとピンクの薔薇。一体、いくつ貰ったかしら?
私に贈りたくなるんですって。
それが、私のイメージみたい。
ごめんなさいね。
私は、貴方達には、勿体ないわ。
なんなのよ!
私を審査で落としておいて
「愛人にならないか?」ですって?
月々の御手当は、そりゃあ、魅力的だったけど、あんた自身に、何の魅力も無いじゃない。
ああ、もう。どうして上手くいかないの?
私はただ、お金持ちのハンサムな男性と恋をして、結婚したいだけなのに。
そんな男性に私を知ってもらう手段として、モデルになろうと思ったら、初っ端からこれだもの。
もう、嫌になっちゃう。
これから、どうしよっか。
「恐れ入りますがレディ。少々、お時間を頂けますか?」
なあに、だあれ?
脂ぎったおっさんの後に聞いたせいかしら? とても、素敵な声だわ。
「先程の選考は、残念でしたね。彼も、普段は冷静なジャッジを下す方なのですが、どうやら、一目で貴女に参ってしまったらしい。他の審査員の意見を覆し落選させてしまった。…ただ、厄介な事に、彼には、結構な発言権がある。言いにくい事ですが、この業界で芽を出すのは難しいでしょう」
なに、それ。理不尽。
「ところで…貴女の夢は、何ですか?」
「なあに? なんで、そんな事を聞くの?」
あら、可愛い。困って、首の後ろを掻く姿も可愛いわ。
田舎の男の子達とは、えらい違い。やっぱり、都会に出た事は正解ね。
「…その…。失礼ですが、『モデルとしてやっていこう』という、気迫の様な物を感じられなかったのです。…ですから、何か他の業種…例えば、女優ですとか、そういったスクールに通う為に、『取り合えず』といった感じで、足を踏み入れたのではないかと…」
あらぁ。鋭いわ。ちょっと、違うけど。
「お嫁さん」
「えっ?」
「私、お嫁さんになりたいの。大きな豪邸に住んで、素敵な旦那様に、毎日、ピンクの薔薇を贈られる。そんな奥様になりたいの。パーティーなんかにも行きたいわ」
「なるほど。それは、素晴らしい。…どうでしょうか。私と一緒に来て頂けますか?もしかしたら、貴女の望む未来の待つ仕事を、紹介できるかもしれません」
すごい。
私の飛行機代まで、ポンッって出しちゃった。
連れて行かれたのは、観光都市の豪邸。
うそぉ。お坊ちゃまだったの。
ん~。私、貴方でもいいわ。
応接室で待っていると、高そうなイヴニングを着た、上品そうな夫人が入ってきた。
彼のお母様かしら?
え? いきなり?
え? 『私の望む未来の待つ仕事』って、彼のお嫁さんなのかしら?
やだっ。性急すぎない?
えーー。せめて、告白ぐらい、しといてよ。
んーー。でも、OKしてあげても、いいわよ。
夫人は、私の姿を丹念に見る。
射るような目に、緊張しちゃう。
「とても可愛らしい
及第点? 仕事? え? やっぱり、お仕事なの?
「いえ、それは…。その…彼女は、私が、声をかける前に、ベインブリッジ氏に、口説かれておりまして…仕事内容を伝えては、あらぬ疑いをもたれるのではないか…と」
「あら、そう。…ねぇ。チャールズ。貴方は、ここに連れて来る迄が仕事だと思っているのかもしれないけど、ある程度の事は、伝えておいてもらわないと困るのよ。もちろん、記憶を操作する事は出来るけど、それだって無料じゃない。充分に稼いでくれたDOLLに使う事はやぶさかではないけど、1$にもならない子に使うには、高価すぎる技術だわ。貴方が優秀なスカウトマンでいられるのは、こちらのフォローがあってこそだという事は、肝に銘じておいて頂戴」
え? 何?
どうゆう事?
記憶操作?
スカウトマン?
やだ。私って、何か、ヤバい場所に連れて来られちゃったのかしら?
私を連れて来た彼は、恐縮したように何度も夫人に頭を下げながら、応接室から出ていった。
(ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!)
スカートの裾を握りしめる私の不安を見て取った夫人は、困った様な顔をした。
「…実際に、映像を見て貰った方が早いかしら?」
私は、音の無い、沢山のディスプレイが並ぶ部屋に連れて行かれた。チカチカする壁紙の前を通って、部屋の最奥の遮光カーテンで遮られたスペースの中に、夫人の後をついて入った。
間仕切られた部屋の中には、二人掛けのソファとテーブルがあり、テーブルの上には、ディスプレイがあった。
「今から映すのは、丘の上にある会員制ホテル『GLOLY』内部の秘密クラブ『LADY-DOLL』の映像よ」
そう言って、夫人がリモコンをいじると、画面には、一つの正方形のブースの俯瞰映像が映し出された。ブースの真ん中には螺旋階段があり、カウンターで囲われた中にいるのは一人だけのようだった。カウンターの外側には、一辺につき3つの合計12個の箱がある。
「この箱は何?」
「その箱は防音室ね。部屋の一つ一つが会員様の個室になっているの。ほら、会員様がお帰りになった後の清掃音が、横の会員様の邪魔になってはいけないでしょう。ほら、カウンターから部屋の天辺までがシャッターの窓になっていて、会員の皆様は、この窓を開けて部屋の中のDOLLを眺められるようになっているの」
「ドール?」
「そうよ。貴女にしてほしい仕事は、DOLLとして会員様に眺められる事なの」
「えっ? 眺められるって、一体」
「言葉の通りよ。貴女はDOLLとしてカウンター内で過ごし、会員様はカウンター内で過ごす貴女を眺めるの」
ちょっと。この女、何、言ってんの?
え? それって、まんま、動物園の檻の中の動物じゃない。
そんなの、愛人になるより、性質が悪いわ。
私が、立ち上がっても、全然、失礼じゃないわよね。
「お断りします。私、そんな見世物になる為に、ここに来たんじゃありません!」
「そう? でも、観客となるのは、世界有数の資産家達の独身の御子息よ。
え?
資産家?
独身?
玉の輿?
え、えーーーと。
もうちょっと、話を聞いてみようかしら。
くっ。なんだか、この女に、全てを見透かされているようで、悔しい。
「はい。これ」
何、これ? めっちゃ分厚いんですけど。
「DOLLの規約書よ。給与継体とか、禁止事項とか、そういった事が書かれているわ。DOLLとなった後ののメリットもデメリットも、粒さに記入してたら、その厚みになってしまったのよ」
ふ~ん。
………目次で20ページって…どれだけ。
取り合えず、先ずは、お給料よね。
なになに。ふむふむ。あの、カウンターに囲まれた檻の上の階が、DOLLの私室になるのね。私室からダイナソーボーンの螺旋階段を降りた場所が、職場になる。…と。えっ? これって、螺旋階段の踊り場の踏み板から、下へ降りてから上がるまでをカウントして、秒刻みで時給が発生するって事!? しかも、何、この額。嘘でしょ。えっ? 個室に会員が入室してくれば、その時間分、更に倍額ですって? ちょっと待って。個室って12個あったわよね。つまり、満室だったら基本給の12倍って事。何、これ?
……別世界の仕事だわ
「どうしたの?」
「……いえ……あの…」
「そうよね。直ぐになんて、決められないわよね。契約期間中は、ほぼ遊戯棟からは出られないんですもの。でも、ごめんなさいね。できれば、1週間以内に答えを出して頂きたいの」
「……あ、あの」
「何?」
「…その…やってもいいかなーなんて、思ってるんですけど…一つ、質問していいですか?」
「何かしら?」
「えっと…どうして、ランジェリーなんですか? その…DOLL?と会員?の橋渡しっていう事なら、普通に洋服を着ていてもいいと思うんですけど…」
え?
何?
私、変な事聞いた?
そんな、ため息なんて、つくような事?
「『LADY-DOLL』の設立当初は、そうしていたのよ」
あ、そうなの。
「でも、DOLLの部屋着も、彼女達の私物扱いになるの。1着仕立てるのに時間がかかるし、毎日、同じドレスを着るわけにもいかないでしょう。オートクチュールで無いにしても、相応のお値段のイブニングを複数着用意する事が、DOLLの重みになっていたみたいなの。ある時期から、ベビードール姿でカウンター内に現れたDOLLが現れて、その娘達に会員様が殺到したのよ。それ以降、露出しない部位の方を規約に記し、ランジェリーを衣装にする事にしたの」
「え? じゃあ、普通の服を着て、カウンターの中に降りてもいいんですか?」
あれ?
何?
その、可愛そうな子を見る視線は。
「かまわないけど…断言するわ。誰も個室に入らないわよ。規約にも書いてあるけれど、一週間、個室に入る会員様が一人もいらっしゃらなければ、翌週から時給は減額されるわ。そして、DOLLの怠慢によってそうなったと判断された場合、相応のペナルティーも課せさせてもらう事になるわ。それでもよければ、どうぞ」
うぐっ。
そ、そう。
それが、デメリットって事なのね。
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