第5話


 給食係になって、トマトが入ったサラダをよそる担当にしたのも、トマト入りのサンドイッチを作らなかったのも、全部理由は一つ。

 私は『生のトマト』が嫌いなのだ。


「さあ、どうぞ」


 断れる雰囲気ではなく、大森先生たちのそばまでやってきた私に、アスカ先生がサンドイッチを差し出す。眩しいくらいの満面の笑みだ。


「あ、ありがとうございます」


 引きつった笑みで返すのがやっと。押し込まれるようにして右手にサンドイッチがおさまる。

 ごくりと唾を飲みこんだ。崖から飛び降りる時の心境って、こんな感じなんだと思う。そんな気持ちなどつゆ知らず、大森先生はニコニコしながら「美味しいぞ」と声をかけてくる。

 どうしよう……。

 本当は逃げ出したい。

 でも私はアスカ先生と約束した。

 絶対に逃げないって。

 それに名探偵にはピンチがつきものでしょ!

 やってやるのよ、明智琴音!


 ――パクッ!


 意を決してサンドイッチにかじりついた。

 ……が、驚くべきことが起こったのだ。


「美味しい……。でも、これって……」


 トマトが入っていない!!


「さあ、そろそろ写生を再開しようか。それとももう少しサンドイッチをいただくか?」


 パンと手を叩いて立ち上がった大森先生は、私をじっと見つめる。

 その視線ですべての謎が解けた。

 アスカ先生ははじめから『トマトが入っていないサンドイッチ』を仕込んで、大森先生と私に手渡したのだ。

 それを仕組んだのは……大森先生だ。

 つまり大森先生とアスカ先生は裏でつながっていたということ。

 私の推理は間違っていなかった。

 大森先生はトマトが嫌い。

 でも同時に先生は私のトマト嫌いを見破っている。

 もしここで手を引けば、互いに恥をかかずにすむ。

 そう大森先生は言いたいのだろう。

 勝負は私の勝ち……でもここは大人しく引き下がろう。


「ごちそうさまでした。写生に戻ります」


「おうっ! 頑張れよ!」


 先生の明るい声を背にしながら、私はモエッチたちとその場を去った。

 やっぱり大森先生は何かを隠していた。

 もっと大きな秘密を持っているに違いない。

 絶対に私が暴いてみせる!

 そう固く決意したのだった――。


(了)

 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名探偵、明智琴音は騙されない! ~大森先生のトマト疑惑~ 友理 潤 @jichiro16

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ