みんな譲り合い

@jyuken0616

みんな譲り合い

 なぜ私は鳩に餌をやっているのだろう。いままでペットなんて飼ったこともないし、鳥が好きなわけではない。それなのに待ち合わせで座っていて、広場にいる鳩を見たら、餌を与えたくなった。考えるより先にパンを買いに走り、今こうやってパンをちぎって投げている。

「待った?」

「ああ、大丈夫だよ」

「なんでそんなこと」

「そんなことって?」

「餌やりだよ、急にどうしたの」

「いやなんか突然やりたくなって、しなきゃいけないって気持ちになったんだ。自分でも今、不思議に思っているよ」

 そういって最後のパンを投げ、手を払った。その欠片もいただこうと鳩は追いかける。二人はベンチを離れていった。

 社会や文化が急激に変わることはなく、私たちの目には見えないゆっくりとした速度で、確実に変化していくことが常識だった。そんな常識を覆すように急に世界はやさしくなった。慈善団体への寄付や街頭での募金活動ではこれまでにない金額が集まった。また電車での席の譲り合いや食べ物のお裾分けといった今まで少し勇気のいるような行動も頻繁に目にするようになった。メディアもこれを取り上げ「この現象は私たちのもともとの姿であり、その成果に戸惑うことはない」と誇らしげに語った。


 ある研究所、ここでは研究のためにサルを使っていた。

「所長、ご報告があります」

「うむ、なんだね」

「サル達が餌の分配行動を頻繁にするようになりました。基本的には餌を分け与えるという行動はあまりしないはずだったんですが」

「ううむ、不思議だな」

「突然、脳の変化が起こったのか、もしくはそういう行動を起こすウイルスの可能性か。またジャングルの野生サルを調査するチームから、サルの群の範囲や数がおかしくなっているという噂も聞きました。」

「群にもなにか変化が?」

「はい、個体数に増減はないにもかかわらず、群れが減っているように見える。もしくは群れの形があいまいになった感じがする、といっているのです」

「いったいどうなっているんだ。」所長と研究員は腕を組んで考え込むように黙った。

 しかしこの現象はエスカレートし、しだいに悪い結果があらわれるようになり政府は困りはじめた。人々は平気で自分の持ち物を他人に譲るようになり、消費の流れが止まりはじめた。欲しいものがあれば、他人に譲ってもらえることが増えたのだ。また泊まる場所もホテルからぜひ、泊るところがないならうちへどうぞという人が増えはじめ、しかも無償なので宿泊業にもダメージがあった。この流れは様々な経済活動に影響を与え、世の中の人たちは譲らずにはいられない、自分がもっていて相手が持っていないとうしろめたさを感じ、与えずにはいられなくなったいた。


先ほどの研究所で鳥類専門の研究員が鳩から重大な発見をした。

「所長。鳩からウイルスが発見されました。このウイルスに感染すると自分のことを顧みず人になにか与えないではいられなくなるようです。先日報告が上がっていたサルからも同様のウイルスが」

「そうか」

所長はなにか上の空で返事をした。

「所長、どうかしましたか?」

所長はいいことを思いついたという顔で

「君、私ばっかり所長をしているのは悪いから、明日から所長にならないか?」

 人々はしだいに自分の職や土地までも譲るようになっていき、国の大臣は辞任するなど、国の制度は一気に混乱し収拾がつかなくなりはじめた。しかし人々は何の違和感もなくそれを行動する。

 ことのはじめは鳩が餌を欲しかったために進化させたウイルスだったのだが、人間は多くのものを持つため、それを譲らずにはいられない。

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