嫌がらせ
@jyuken0616
嫌がらせ
腕時計を見ると開店まで、あと30分。入り口の前には、私のほかに3人の男性が立っていて、ガラス越しの店内をぼんやりと眺めてたり、スマートフォンを操作したりしていた。私は何気なしに振り返ると、空いているベンチを見つけたので、そこで待つことにした。そこからは店の入り口とその隣に立つパン屋、そしてベンチに座って私と同じように開店を待っているであろう人たちが見える。
開店まであと20分。目の前のパン屋にはカフェスペースとテラス席がある。テラス席には犬を連れた若い夫婦が座っておしゃべりしている。会話の内容は頭に入ってこないが思い出話で盛り上がっているようだ。
夏の蒸し暑さでじっとりと汗をかく。涼をとるためにパン屋のカフェに入ろうかどうかと悩んでいると、足下に動くものが見えた。
鳩だ。私はそいつをじっと見つめる。鳩はなにももらえないと気付いたのか、そっと私から離れていく。灰色の羽で街でよく見かける種類の鳩だ。離れていく姿を少し寂しい気持ちで見続けていると、目の前にベンチに誰かが座った。小さなリュックサックを背負った若い女性。背負っているリュックサックには猫のキャラクターでまったく同じものが3つぶら下がっている。座った動きに揺られてじゃらじゃらと鳴った。
続けて隣のベンチに黒いTシャツの男性が歩いてきて、静かに座った。私より年上のようで、座るとすぐにスマートフォンを操作し始めた。
私の元を去った鳩は、同じようにこの二人に迫っていく。しかし女性は正面を見ていた。後ろ姿なので視線の先はわからないが、パン屋を見ているのだろうか。すると女性は立ち上がり、パン屋に進み中に入っていった。私もパン屋に入ろうかと再び悩みはじめていると、その女性は同じベンチに戻ってきた。3分も経たずにすぐ戻ってきたことに少し驚いていると、急に女性の周りに鳩たちが集まってきた。女性の手から白い欠片が投げられている。パンを餌にやっているのだ。
パンが投げられる。鳩はそれを追いかける。パンが投げられる。鳩をそれを取り合う。背中に白色が多い鳩が一番気が強いみたいだ。ほかの鳩を追い立てている。
わざわざパン屋でパンを買ってまで投げている。世の中にはこういう人もいるのかと、内心もったいないなと思う。だが動物とのふれ合いの風景は、都会のオアシスのように癒される。隣の黒いシャツの男性もチラチラとその様子を見ている。まじまじと見るのは恥ずかしいのだろう。
パンをちぎっては投げる女性。それを盗み見ている男性。周りの視線がパンを投げる女性と鳩に交互に向けられる。正面のパン屋から無表情の店員が見える。この風景を見ているようだ。
しばらく鳩が忙しそうに欠片を追いかける姿を楽しませてもらっていたが、女性が最後のかけらを投げたのか、手を払う音が聞こえた。ちょうどそこにタイミング良く、もう一人の大柄な女性が近寄り、声をかけた。
「ごめん、待った?」
「ぜんぜん、大丈夫だよ」
「そっか、行こうか」
そういって二人は商店街のある方向へ歩いていった。
待ち合わせだったのかと思いながら腕時計を確認するともうすぐ10時だ。そして離れていく二人の会話が聞こえる。
「蒸し暑いね。あそこのパン屋の中で待ってたらよかったのに」
若い店員の元気なあいさつが耳に入る。私はベンチから立ち上がる。
「私あそこのパン屋嫌いなの。それより今日はどうする?」
店の入り口を開ける音が聞こえた。しかし私はその会話の方向へ顔を向けていた。後ろ姿なので女性の表情はわからない。鳩はまだ地面に捨てられたパンの欠片を啄(ついば)んでいる。
嫌がらせ @jyuken0616
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます