第45話

 流石に二曲続けて踊るわけにはいかないので、イヴァンと指先だけ繋いで礼をした。そうしてイヴァンから指先が離れた途端、誰かが強引にヴィオラの手を取った。


「!!!」


 ヴィオラが驚いているうちに向きを変えさせられ、そうして向かい合った人物を見て、ヴィオラは大きく目を開いた。


「はじめまして美しい人。俺はスタンリード伯爵家のトーマスと申します」


「…あ、え?は、じめまして…ヴィオラと申します」


 驚きすぎて口を開く回数と言葉の数があっていなかったけれど、周りからは今日が社交界デビューの二人が初々しく挨拶をしているように見えただろう。

 実際、こうして挨拶を交わしたのは初めてだった。


「ど、うして?」


「お前でもそんな顔をするんだな」


 驚きを隠しきれないヴィオラに対して、トーマスは余裕たっぷりの微笑みを浮かべた。

 そうして、口を開いて話し始めた。


「あのバカのせいで人生が台無しにされたのはお前だけじゃない」


 口を開いた途端、随分と辛辣な言葉を吐き出してきた。今まで見てきたトーマスは、品行方正な宰相閣下の自慢のご子息だったはず。


「俺は再三にわたってあの女は相応しくないと進言していた。側近候補として、宰相の息子として、王太子に近づく女を調べるのは当たり前のことだろう?」


「そうね」


 クルクルと景色が変わっていく。ヴィオラの頭の中でもクルクルと考えが回っていく。ここはゲームの世界。けれど、登場人物たちは例えモブであったとしても意思をもって行動していた。それなりにゲームのストーリー通りに進んでいたかもしれないけれど、意思をもった登場人物たちが少しずつゲームと違う行動を取っていったせいで、結果が変わってしまった。いや、初めから誰もゲームの世界だなんて思ってはいない。そう思っていたのは、自分を主人公だと信じていたアンジェリカだけだ。


「だから、あの日俺はあの場にいなかった」


「そうね」


 そう。ゲームにおけるクライマックスとも言える悪役令嬢の断罪シーン、それなのに役者が揃っていなかった。ゲームと乖離した状況でもあるにもかかわらず、自分を主人公と信じて疑わないアンジェリカはゲームの強制力を信じて強引にイベントを押し進めたのだ。

 その結果が、今だ。


「俺も、ダニエルもいい迷惑だった。宰相の息子と騎士団長の息子。未来の側近と護衛騎士だったてぇのに」


 トーマスは苦々しげに口にする。ステップもターンも完璧にこなすのに、全くダンスを楽しんでいない。


「ダニエルは可哀想なやつだよ。護衛候補だったから、四六時中あのバカに張り付いてなくちゃいけなかったんだからな」


「そうね」


 確かに、常にダニエルはアルフレッドの隣にいた気がする。ゲームのスチル絵でも、アルフレッドの隣には常にダニエルが描かれていた。


「真っ直ぐな性格をしてたからな、あの女にあっさりと陥落されちまったんだ。本来なら、護衛としてあのバカに怪しいあの女を近づけないようにしなくちゃいけなかったってぇのに、ずる賢いあの女は護衛のダニエルから落としていった」


「…そう」


 今更そんなことを聞かされても遅い。そんな言い訳を聞かされても、ヴィオラの受けた屈辱は消えない。


「別にお前に対して弁明をしてる訳じゃないからな、勘違いするなよ」


 ヴィオラの腰を強く引き、耳元でキツめの声で言われれば、ヴィオラも信じられないような言葉を聞いた気がして目を見開いた。


「俺もダニエルも、与えられた仕事はこなしていた。それなのに、暴走して自爆したのはあのバカだ」


「………」


「あの一件で、被害にあったのはお前だけじゃないってことだ。大なり小なり大勢が被害を被ったんだ。覚えておけ」


「どうして?」


 どうして今更そんなことをヴィオラに言うのだろうか?


「俺だって、将来を有望視されていた宰相閣下の自慢の息子だったんだぜ。この才能を捨てるなんて勿体ないだろう?」


 自分で言うかそんなこと。とは思いつつも、ヴィオラは黙って頷いた。


「安心しろ。後継ぎのいない有力貴族の家に養子に入ったんだ。そこの一人娘と結婚するからお前と恋愛ごっこをする暇なんてない」


「は?」


 まるで、ヴィオラの心の内を見透かしたような言葉だった。確かに、ヴィオラは一生懸命隠しキャラが誰だったか考えてはいた。前作にでてきたキャラが何人かストーリーに登場していたような記憶はあるのだ。


「だから、お前だけじゃないんだってことを忘れるなよ」


 トーマスはそう言うと今までに見たこともないような微笑みをヴィオラに向けてきた。


「………っ」


 恋愛ごっこをするつもりは無いといいながら、女子の心を鷲掴みにするようなことを平然とするあたり、やはり侮れない。

 ヴィオラは呆然としたままダンスを終えた。

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