第35話
アルベルトとライオネスがメイドたちとわちゃわちゃしている頃、ヴィオラは与えられた自室から、美しい街並みを眺めていた。
もちろん、メイドがキチンとお茶をいれてくれての優雅なティータイムである。
茶色がかったオレンジ色の屋根が並び、その間を白っぽい石畳の道がはしっている。その先に広がる海の美しさと言ったら、キラキラと輝いて見ているだけで心が晴れやかになると言うものだ。
(あの二人に攻略されるだけでいっぱいいっぱいだよ)
前世の記憶を取り戻したのは言いけれど、乙女ゲームはその時点でエンディングをほぼ迎えていたわけで、スピンオフ作品のアプリの方はそんなにやってはいなかった。なにせ、課金が激しかったから。ハッピーメリーエンドを迎えるためには、課金アイテムのドレスを装備しなくてはいけないとか、もはや課金ゲームだったと記憶している。
(こっちの王子は課金しないと出てこないんだよね)
社交界にデビューする際、王宮のパーティーになるのだけれど、その時のドレスが課金アイテムだった。それを着なければ王子は隠れキャラのままで攻略に出てきてはくれない仕様だった。
だが、昨日アルベルトと仕立てたドレスは、課金アイテムのドレスと思われる。手持ちのクローゼットからのドレスを着ていけば、課金アイテムではなかったはずなので、仕立てたドレスはすなわち課金アイテムだ。
もれなくこちらの王子が登場して、攻略してくるに違いない。
(平民になってウェイトレスとかしてみたかったのに)
こちらに来るまでに考えていたプランだ。だがそれは、悪役令嬢が主役のゲームでのルートの一つになっていたはずで、ウェイトレスとして、こっそり働くヴィオラにアプローチしてくるイケメンがいたはずだ。たしか、船乗りと商人だったような気がした。
「せっかくだから、やってみたいのよね」
眼下に広がる美しい街並みを見つめて、ヴィオラがそう呟くのをメイドはしっかりと聞いていた。
遅めのランチの時間、ヴィオラはアルベルトにお強請りを試みた。
もちろん、内容はウェイトレスになりたい。だ。
ヴィオラのお強請りをきいて、当然アルベルトは目をまん丸に見開いて驚いた。
せっかくこちらの養女になったのに、どうして平民の真似事がしたいのか?わざわざ苦労をする必要は無くなったのに。
アルベルトが理由を尋ねるより先に、ヴィオラが口を開いた。
「私、ここに来るまでずっと平民になったと思っていましたの。だから働くものだと思っていましたのよ?」
可愛らしいく小首を傾げて言われてしまえば、アルベルトの脳内では勝手にウェイトレス姿のヴィオラが再生されていた。メイド服とはまた違う、エプロン姿のヴィオラ。
アルベルトはしばし脳内再生されたウェイトレス姿のヴィオラの笑顔を堪能していた。
しばしの沈黙が、ヴィオラは怒られる反対されると受け止めてしまったが、アルベルトが不謹慎な脳内再生をしていることに勘づいたメイドが、軽くアルベルトの耳を引っ張って低い声で耳打ちをする。
その声音にアルベルトは一瞬でこちらに戻ってきた。冷ややかなメイドの目線が突き刺すように複数あった。
「そうだね」
アルベルトは、大人の余裕を必死で作り出し、お茶をひとくち飲んでからこう告げた。
「うちの経営するカフェがあるから、そこでならいいんじゃないかな?」
制服もアルベルトの好みだし、経営しているのはアルベルトだから、スタッフにはキッチリとクギを刺すことが出来る。
「本当ですか?お義兄様」
ヴィオラは満面の笑みを浮かべてアルベルトに駆け寄ると、その首にしっかりとハグをした。ヴィオラからすれば、お義兄様であり保護者なわけで、家族にするそれのつもりであったが、そんなことにまったく慣れていないアルベルトはヴィオラに手を回していいのかダメなのか、どうしていいのか分からずにあたふたしていた。
当然、そんなのはライオネスにとってはつまらなかった。けれど、ヴィオラのウェイトレス姿が見られると言うのはなかなかよろしいことだった。
「楽しそうだね、是非お客さんになりに行くよ」
ライオネスが笑顔でそういうと、ヴィオラはすぐさま振り返り、
「ええ、是非に」
と、笑顔で答えていた。
あっさりハグを中断されて、面白くないのはアルベルトだった。
片眉を上げてライオネスを見ると、ライオネスは口の端を少しあげて答えてきた。
まったく、後から出てきたくせに、とアルベルトは思うけれど、ライオネスからしたら他国の親戚筋と言うだけで、優位性を持とうとするアルベルトのほうが邪魔者だった。
今回の王太子たちの騒動を知って、ライオネスはチャンスが回ってきたと密かに喜んでいたのだから。もう時期公爵の地位に着く予定でいるから、領地を通る際のヴィオラにアピールをしておくつもりだった。なにせ、自分と結婚すれば、国に戻ってこられるのだから。しかも公爵夫人だ。社交界で上に立てるだけの地位を、与えることができるのだ。モンテラート侯爵だって、娘が隣国に行くよりいいに決まっている。結婚したら、また王都に住むことになるのだから。
自分が、どれほど優良物件かヴィオラに知ってもらいたかったのに、アルベルトが意外にも邪魔をして、ライオネスは大変不満だった。
だが、ウェイトレスとして働くヴィオラを見られるのは正直嬉しい。公爵領の経営があるから色々と忙しいけれど、週に一回馬を使って遊びに来ればゆっくりヴィオラに近づける。社交界にデビューされるのも少々厄介ではあるが、隣国で問題のあった令嬢と王子が結婚するとは考えにくい。そこは楽観視するとして、ライオネスはヴィオラがウェイトレスとして働くカフェに興味が沸いた。
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