新展開は波乱の予感がします
第34話
夢を見た。
まさに今の状況を、指し示すような夢を。
スピンオフ作品だ。
アプリで出たのだ。
(私が攻略されちゃうゲームじゃない)
夢を見ながらヴィオラは思った。
最近流行りのアレだ。悪役令嬢って、悪くないじゃん。主人公に貴族社会の礼儀作法を教えてただけじゃん。って、悪役令嬢擁護の流れを汲んだアプリだ。だから、悪役令嬢だったヴィオラが、イケメンたちに攻略されちゃうゲームになっている。
つまり、あと何人かイケメンが出てくるのだ。そして、もれなくヴィオラに懸想して口説いてくるのだ。砂糖を吐きまくるほどの、甘いセリフでもって、ヴィオラを攻略してくるのだ。
初恋未経験のヴィオラには、とてもじゃないけど高難易度だ。簡単に攻略されちゃう自信しかない。そんな自信はいらないのだけれど。
「……どうしよう」
起き抜けに、開口一番出たのはそれだった。
困ったことに、ヴィオラは主人公になってしまったのだ。
「性急にしてはいけません」
「初恋もまだなんですよ。紳士的にいたさなくては」
「大人の魅力を押し付けすぎたら、絶対逃げられます」
「年上の優しいお義兄様ポジションを有効にお使いください」
「ライバルよりは有利ですわよ。一緒に暮らしているのですから」
「ライバルなんているのか?」
「現にライオネス様が来たではありませんか」
「社交界にデビューしたら、ライバルは増える一方ですよ」
「デビューしなければ……」
「ダメです。侯爵様とのお約束を反故されるおつもりですか?」
「そんなことは…」
セルネル邸では朝からメイドたちがアルベルトを取り囲んで、あーだこーだと揉めていた。もちろん、理由はヴィオラに対する態度である。主人であるアルベルトがヴィオラに対して懸想していることは、使用人たち全員の知る秘密である。故に、使用人たちは主人であるアルベルトの恋の成就の手助けをするのだ。愛らしく美しくヴィオラがずっとこの屋敷の女主人としているために。
「しっかりなさってください。アルベルト様はこの屋敷の主人でいらっしゃいますのよ」
「ドレスも仕立てたのです。社交界にデビューする際には、スマートにエスコートしてくださいね」
「デビューが王宮のパーティーということは、最大のライバルがいるんですからね、しっかりなさってください」
「最大のライバル?」
あれやこれやと言われながらも、アルベルトはその人物に心当たりがなかった。王宮にライバルとなる人物などいただろうか?
「お忘れですか?第二王子ですよ」
「うっ」
自分より年下なので、すっかりその存在を忘れていた。第一王子である王太子より七歳年下の第二王子。婚約者がいたのではなかっただろうか?ふと考えてみるが、まったく思い出せない。
「第二王子に婚約者は居ないのです。候補が何人かいるだけですよ」
メイドが残念そうにそう言うと、ようやく思い出せた。そうだ、候補となる令嬢が五人ぐらいいた気がする。
「外国から来て養女となった令嬢に手を出すだろうか?」
「出します」
メイドがピシャリと、言った。
「なぜ?」
「お忘れですか?」
メイドが呆れた顔をして、説明をようとした時、ノックもなく扉が開いた。
「楽しそうだね」
ライオネスがニコニコしながら入ってきた。
「ライオネス様、ノックぐらい致しましょう?」
「したよ、気づかなかっただけじゃないかな?」
しれっとした顔でそう言うと、ライオネスはアルベルトの、向かいに座った。すかさずメイドがお茶を用意する。
「で?こちらの第二王子がどうしたの?」
どこから話を聞いていたのか、ライオネスが口を開いた。
「そうなのですよ、ライオネス様」
メイドがよく言ったと言わんばかりに、相槌を打つ。
「第二王子もアルベルト様と同じように、ヴィオラ様に、懸想しておられます」
「どうして、わかる?」
「お忘れですか?ご一緒にあの腑抜けた王子の誕生日パーティーに、参列したではありませんか」
メイドの言うところのあの腑抜けた王子とは、ヴィオラの元婚約者であるアルフレッドのことである。
言われてようやくアルベルトは思い出した。
そうだった、ヴィオラを見初めたパーティーは、あの元婚約者の誕生日パーティーだった。だから、一目惚れして即玉砕したのだ。何しろ、ヴィオラは誰よりも美しく着飾り、当たり前にアルフレッドにエスコートされていたのだ。まったく笑わずに。
その人形のような顔が、時折誰かに向けて笑顔に変わると、その瞬間が華のように煌びやかに美しくその、一瞬で恋に落ちたのだ。そして、直ぐに失恋した。アルベルトは声をかけられなかったけれど、第二王子は声をかけられた。なにしろ国賓として招かれていたのだから。
そう、だからこそ、ヴィオラが華のような美しさで微笑み談笑していた相手は腹ただしいことに第二王子であった。主役の王子の婚約者として、ヴィオラは完璧に社交をこなしていたのである。
「そういえば、一曲踊っていたな」
あの時のことを思い出して、アルベルトは苦虫を噛み潰したような顔をした。
悔しいことに、国賓であった第二王子はヴィオラにもてなされていた。故にヴィオラとダンスを踊っていた。一曲だけだけれど、その時間、第二王子はヴィオラの肩と腰に手を回して………
考えた瞬間、アルベルトの顔色が悪くなった。
「アルベルト様っ」
メイドが、慌ててアルベルトの手を取る。
飲みかけのお茶を全てこぼさずに済んだのは、優秀なメイドのおかげだろう。
「済まない、あの時のことを思い出したら気を失いかけた」
「何を、思い出したんだい?」
ライオネスは何だか楽しげにきいてきた。アルベルトの反応が、とても楽しいようだ。
「恋を知って、恋を失ったあの日のことだ」
アルベルトは額に手をあてて、苦虫を噛み潰したような顔をした。口にしたことはまるで詩のような一文であった。
「意外とロマンチストだったんだね?若しかすると、それが受けるかもしれないよね」
敵なのか味方なのかイマイチ分からない笑顔を浮かべてライオネスは楽しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます