第33話
呼んでもいないのにライオネスは上がり込んでいたらしい。
敷地は隣だけれど、国が違うのに随分と気軽にライオネスがやって来たのでヴィオラは少し驚いた。
「あのね、ヴィオラ。君はものすごく時間をかけて移動したけれど、実際は馬なら二時間もあれば着く距離なんだ」
アルベルトにそう説明されて、ヴィオラはかなり驚いた。何しろ途中休憩を挟んでほぼ一日かかったはずなのだが?
「そんなに時間稼ぎが必要でしたの?」
「うーん、とりあえず遠くに来た感じを演出したかった?」
アルベルトのなんとなくな返事を聞いて、ヴィオラは何となく理解した。大人たちがこんなに時間稼ぎをしてまで、ヴィオラに逃げ場を用意してくれたのだ。随分とヴィオラだけ、優遇されたものだ。
「ヴィオラ嬢、だからもっと僕のところでゆっくりしてくれても良かったんだよ?」
いささか酔いが回っているのか、頬が少し赤いライオネスがそう言ってきた。
「申し訳ありません。私、何も聞かされていなくって」
本当は、前世の記憶が戻ったショックで、何も話を聞いていなかった。と言うのと、うっかり全部忘れてしまった。と、いうのが正しいのだけれど、それは言えない。
アルベルトとライオネスは、とにかく仲がいいようだ。軽口も言い合うし、こうやって勝手に遊びにもやってくる。
少し羨ましいと思いつつ、ヴィオラは着替えを口実に自室に戻った。
晩餐までまだ少し時間はある。異性二人に囲まれて談笑するなんて、全くもって慣れないことをしたため、肩が凝ってしまった。着慣れないドレスのせいもあったかもしれないけれど。
ソファーに腰掛けるでなく、机に向かって座り、机に上半身を投げ出してみる。なんだか懐かしい体制になってみると、体が楽になった気がする。
「疲れたぁ、この後晩餐大丈夫かしら」
そんなことを呟いたら、メイドが慌ててやってきた。
「ヴィオラ様、少しマッサージを致しますか?」
「ヴィオラ様、ハーブティーをどうぞ」
取り囲むようにそう言われれば、素直に従うしかない。
「ありがとう」
たしかに、久しぶりに歩いたから足がだるいのは確かだ。晩餐に、気が進まないのはライオネスが居るから。と、言うか、異性二人とだから。だと思う。
「免疫がないのよ」
何となく口にしてみると、メイドが驚いた顔をした。
「それは、なにに、でございますか?」
「異性と晩餐なんて、したことがないの」
家族としか晩餐を囲んだことがない。元婚約者は、そういえば晩餐にも誘わなかった。なんて今更だけど。
「まぁ、左様でございましたか」
メイドたちは大袈裟に驚いて、その後すぐにキラキラした目を向けてきた。
「アルベルト様もライオネス様も魅力的でございましょう?」
「少し年上かもしれませんが、その分包容力はございますよ?」
ヴィオラをマッサージしながら、やたらと二人を褒め始めた。婚約破棄したヴィオラは確かにフリーの身ではあるけれど、だからと言ってこんなすぐすぐに婚活できるほど器用ではない。
「元婚約者が最低だったものね」
唯一の比較対象が最低すぎて、どんな男性も良く見えてしまう魔法ががかかっていると思う。それが解けない限りたぶん恋なんてできない。
「社交界にもデビューなさるのですもの、ヴィオラ様なら引く手数多ですわね」
なんだか、好き勝手言われているけれど今はまだそんな気分では無い。
「晩餐のドレスはいかが致しましょうか?」
不意に言われて思わず顔を上げた。これだけ話題にしていたのに、もう忘れているのだから困ったものだ。
年上の男性二人との晩餐なんて、何を着たらいいのか検討もつかない。
「大人しめに見えるものにしたいわ」
ヴィオラの提案に、メイドたちは異議を唱えた。折角の晩餐なのに、折角お客様が来ているのに、沢山ドレスがあるのに!
「ええと、では、選んでもらえると嬉しいのだけれど…」
実家にいた時と、明らかにメイドたちの態度が違うので、ヴィオラはドキドキしていた。実家にいた時のメイドたちは、とにかくヴィオラを慎ましやかに仕上げようと務めていた。
ところが、ここの屋敷のメイドたちは真逆で、とにかくヴィオラを美しく仕上げたい。ひたすら飾り立てたい欲求を隠しもしないでぶつけてくるのだ。もっとも、それが本来の貴族のご令嬢に対するメイドの接し方なのだ。仕える邸のお嬢様奥様を美しく仕立て上げる。それこそがメイドの生きがいみたいなものなのだ。
けれど、ヴィオラにしてみればとにかく慣れていないので疲れる。
選ばれたドレスは、派手ではないが丁寧にレースをあしらって、胸元のドレープが女らしい曲線を押し付けがましくない程度に強調してくれていた。
髪型も晩餐に合うように一から結い上げられて、ヴィオラはいささか頭が重かった。
(有り体に言えばナンパ男が押しかけてきただけなのに、ここまでする?)
公爵家の嫡男が相手だけれども、ヴィオラからすれば道中に遭遇した単なるナンパな貴族に過ぎなかった。
メイドたちに気合を入れて仕上げられ、ヴィオラはようやく晩餐の席に着いた。
もちろん、部屋に入った途端、二人の男性からものすごく熱い視線を送られたのだが、経験ないヴィオラは小首を傾げてやり過ごしてしまった。本来なら少しでも頬を赤らめさえすれば陥落でにそうなものなのだが。
「ヴィオラ嬢、俺のために着替えてくれありがとう」
ライオネスがそう言うと、
「お父上が見立てただけあって、ヴィオラを更に美しくしているね」
アルベルトが口を挟む。
「メイドたちが許してくれなくて」
あくまでも、自分の趣味ではないことをヴィオラは強調したかった。このドレスは、ヴィオラの知らないこちらの国で仕立てられたドレスだ。
若しかすると、こちらの流行が取り入れられているかもしれないけれど、ヴィオラにはまるで分からない。今日仕立ててきた時は、こんな感じのドレスは勧められなかったからだ。
ドレスを褒められ、髪型を褒められ、ヴィオラは生まれて初めて晩餐で体力を盛大に使った。何せ、片方に微笑むともう片方からも要求が来るのだ。婚約者がいないと、こんなにも大変な目にあうと、ヴィオラは初めて知ったのだった。だからもちろん、初めて食べる晩餐の料理の味をゆっくりと堪能することは出来なかったのである。
「疲れたわ」
ゆっくりとお風呂に入りながら思わず呟くと、メイドがバラの香りのオイルを追加してくれた。
「ありがとう」
そう返事をしつつも、眠くて仕方がない。
外出して、船に乗って、久しぶりに歩いて、それだけでつけれているのに、お客様が来ての晩餐!
ハードスケジュールすぎるではないか。
のほほんとした馬車での旅のせいで、ヴィオラはすっかり、スローライフが身についてしまっていたのだ。
(私が攻略されそうなんだけど)
自分の置かれている状況を考えると、乙女ゲームのプレイヤーのようで、しかも、攻略する方ではなくされる方のような気がする。
(戦国武将に迫られまくる乙女ゲームがあったよね、まさにそれっぽいんだけど)
上級貴族で、イケメンで、年上の男性二人から攻略されそうなこの状況は乙女ゲームのそれとしか思えない。
「社交界にデビューされたら、それはもう毎日招待状が山のように届きますわよ」
髪を乾かしながら、メイドがそれはそれは嬉しそうに言ってくる。
(そんなの無理ゲーだよー)
内心拒絶を起こしつつも、笑顔で言うのは
「素敵ね、楽しみだわ」
まったく心のこもらない言葉だった。
ドレスは注文が完了している。あとはデビューするだけなのだ。今更嫌です。とは到底言えないヴィオラなのだった。
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