第29話

 これから何をしようかとワクワクしていると、当主として忙しいはずのアルベルトからお茶に誘われた。

 昨日の今日だし、例の四人はもう旅立ったと言うので、安心してサロンに顔を出した。


「そのドレスもよく似合っているね」


 女主人に飢えていたのか、メイドが嬉しそうに着替えを勧めてくるので、ヴィオラは朝食の時と違うドレスを着ていた。

 昼間の光に良く似合う、明るい色の黄色のドレスは、まだ17歳のヴィオラをより可愛らしく見せていた。

 昼の光に合うように、口紅の色も変えてあったので、アルベルトはまた知らないヴィオラの顔を見れて内心喜んだ。


「彼らは今朝早くにそれぞれ馬に乗って出ていったよ。トーマスくんはどちらかと言うとアルフレッドの監視になるみたいだね」

「修道院に行くと聞きました」


 昨日聞いた話の復習のようだ。


「そこにはアンジェリカ様もいると…」


 自分で口にして不愉快だった。修道院とは言え、王族なのだからお金を積んでやりたい放題するのだろう。としか思えなかった。


「疑っているわけだ」


 アルベルトに、言われたことは概ねあっている。あってはいるが、微妙に違うと言うか。


「修道院に入ったところで、お金次第とききます」

「そうだね。でも」


 アルベルトはそこまで言って、優雅にお茶を一口運んだ。

 お茶に誘われたのだから、美味しそうなお菓子もある。けれど、ヴィオラは食べる気にならなかった。自分もそうだけど、なんだかんだとアルフレッドも大した罰を受けないでは無いか。王位継承権剥奪は精神的ダメージだろうけど。


「ヴィオラ、君は知らないのかな?」


 アルベルトが目で確認をしてくるが、ヴィオラはなんの事だか分からない。

 小首を傾げてアルベルトの顔を見つめると、アルベルトは参ったな。という顔をした。本当に深層の令嬢で、王太子妃教育だけを完璧にこなしてきたのが、こんな所で裏目に出ていた。

 下世話な話、市井の子どもでも知っていることなのに。


「修道院に入るということは、女性は、まぁともかく……男は、ね。ヴィオラ」


 こんなことを教えるのは罪な気がして、アルベルトは言い淀んだ。純新無垢とも言える目の前の令嬢は、自分の話をなんの疑いもなく真剣に聞いている。


「修道院に入る男はもれなく去勢するんだ」


 できるだけさらりと言えたと思う。変に思われないように、あっさりと言えた。


「…きょ、せい?」


 なのに、ヴィオラは寄りにもよっての単語を口にした。知らないのだろうか?

 いや、知っていて驚いている?

 いずれにしてもヴィオラは驚いた顔をして、目を見開き口元に手を当てている。


(去勢?去勢ってことはアレを?)


 ヴィオラは内心パニックだった。もちろん、去勢という単語は知っている。何をさすかわかっている。こちらの世界ではまだまだウブな小娘であるが、前世では結婚していた、多分。男性経験だってあったはず。当然見たことだって前世ではあった。

 だからこそ、下世話な想像を思わずした。

 頭の中でぐるぐるさせていると、なぜだかアルベルトが余計な一言を言った。


「万が一を考えて完全去勢をされるんだよ、アルフレッドは」


 んんんん?

 何?、完全とな?

 それを聞いてしまって、ヴィオラの思考は停止した。万が一って何?完全?生殖能力を奪うんじゃないの?え?全摘っこと?


「え、あの…」


 だめだ、絶対痛いやつ。思わず想像した。アレを全摘。前世で、犬や猫の去勢後を見たことはあるけれど。やっぱり人間だから外に出てるもんね………じゃなくて、うん。

 アレ、切り落とされるんだ。

 手術じゃん。

 この世界、麻酔はあるのだろうか?

 なかったら大変だけど。

 いや、もう。

 想像してしまった。

 しなければいいのに。

 勝手に想像して、ヴィオラは勝手に痛くなり、そうして卒倒した。

 ふわりとソファーに倒れ込んだヴィオラを見て、アルベルトは慌てた。


「ヴィオラ!」


 慌ててヴィオラに触れようとしたその途端、何故か正面に座っていたアルベルトよりも早く、メイドが駆け寄ってアルベルトの手をはたいた。


「え?」


 駆け寄ったメイドがものすごくアルベルトを睨んでいた。アルベルトは主人であるはずなのに。ものすごく怒っていのはメイドだった。


「触らないでくださいませ」


 ものすごく低いトーンで、かつて聞いたことがないぐらいにドスの効いた声だった。

 アルベルトは主人なのに、ものすごく下げずんだ目で見られていた。


「部屋に運ぼう」


 アルベルトが提案したのに、却下された。

 控えていたらしいメイドがクッションと毛布を持ってきた。そうしてヴィオラを丁寧にソファーに寝かせた。


「私どもがおりますので」


 さっさと出ていけ。と言うことを暗に言っているようだった。アルベルトは主人のはずなのに。


「あとは任せるよ」


 本当は任せたくないけれど、仕方がない。仕事もある。辺境伯は公爵より忙しいかもしれない。戦争はないけれど、海に面した街であるから、海賊への警戒は怠ることが出来ない。陸路より海路の方が効率もいい。

 色々忙しいのは分かっているので、素直にサロンを後にした。けれど、ヴィオラの寝顔を見てしまうと離れがたかった。メイドがものすごく睨むので、仕方なく出ていった。アルベルトは主人なのに。叱られた大型犬のように、アルベルトは項垂れてしまうのだった。

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