第30話
本当に、昨日の今日で、と言うか、行動が早いというか。隣のライオネスはもう手紙をよこしてきた。もちろん、ヴィオラとの晩餐だ。
お誘いではない。誘えという内容だ。
ヴィオラがここに来る前に誘ったらしい。手が早い事だ。
「少し待たせてやるか」
ちょっと意地悪な考えが湧いてきた。別に、ヴィオラは着替えのためのドレスがない訳では無い。むしろある。逆に実家にいた時より増えている。モンテラート侯爵が手配して、こちらの流行のドレスを何着か仕立てていたのだ。
もっとも、あちらから来るライオネスからしたら、こちらの流行のドレスを着てなくても問題は無いだろう。だが、そんなヴィオラを見られるのは眼福だろうとも思う。
だが、それを分かち合う気は無い。
「ドレスを仕立ててからでいいいよね?」
見もしないで執事に問う。
「よろしいかと」
「じゃあ、よろしく」
ライオネスへの返事を執事に任せて仕事に没頭する。
(仕立てたドレスを着て新しいドレスを作りに行きたいな)
アルベルトは一人で楽しい想像をした。
辺境伯なので、勝手に隣の国の夜会に参加はしていた。わざわざ国を通してとか、そんなことはしない。それに、親戚筋だからモンテラート侯爵のツテを使ったりもした。まだ幼さが残っていたけれど、ヴィオラはどの令嬢よりも美しく、気品に溢れていた。なのに、王太子の婚約者だからと紹介もして貰えなかった。
だから、今回のことはまさに天啓。
自分に幸運が降ってきた。
だから、ライバルにはしばらく登場を御遠慮してもらってもいいと思う。
仕事の都合をつけて、早くヴィオラと出かけたいとアルベルトは思うのだった。
ヴィオラはぼんやりと天井を眺めた。
(やだ、あの程度で気絶とか、どんだけよ)
前世の記憶はあるものの、この体は深層の令嬢である。やはり刺激が強かったということか。
起き上がろうとしたら、両肩を抑えられて驚いた。
「急に起きてはいけません」
メイドが心配そうに覗き込んできた。しかも二人も。
「あー、うん、わかりました」
なんだかよく分からないけれど、過保護なんじゃないかと思ったりもするが、預かった外国からの令嬢を気遣ってのことだろう。よくわからないまま従った。
温かいお茶を用意され、メイドが両脇を支えるようにして起こされた。そんなにしなくても、大丈夫なのにとは思いつつ、起き上がってまた貧血とかは笑えないので素直になっておく。
「どうぞ、ヴィオラ様」
ものすごく嬉しそうにお茶を勧められて、一口飲んでみる。ハーブティーらしく口の中が爽やかになる。気絶している間に口の中が乾いていたようだ。
「ありがとう、美味しいわ」
一息ついていると、違うメイドがやってきた。
「お昼は如何なさいますか?ヴィオラ様」
ニコニコとしてはいるけれど、笑顔の圧が凄かった。
(断れない)
時計が見えないけれど、お茶をしていた時間から考えて、まぁお昼にはなったのかな?ぐらいの気持ちで少なめにお願いをした。
そうすると、ものすごく嬉しそうにメイドは出ていった。
ランチはテラスに用意してくれるそうで、ヴィオラはお茶を飲み終わらせてから、ゆっくりとテラスに向かった。なにしろまだ来て二日目だ。どこに何があるかなんて分かっちゃいない。
メイドが案内するとおりに屋敷の中を移動するのだ。物珍しい調度品があったりして、眺めたくなる衝動にかられるけれど、そこは我慢して歩くしかない。
ゆっくりとした足取りでテラスにつけば、給仕係が待ち構えていた。
椅子に座ると、早速料理が並べられる。
自分一人に随分大人数が世話を焼くものだ。
ヴィオラは感心しつつも初めて食べる料理に驚いた。
「すごく美味しい」
内陸部にいたせいか、魚料理はあまり食べていなかった。だからこそ余計にこちらの海の幸が使われた料理は美味しく感じられる。なにせ前世は日本人だ。魚を食べないなんて考えられない。
ヴィオラが嬉しそうに食べていると、給仕係も嬉しそうに世話をしてくれた。
デザートまでしっかりと食べ終え、ヴィオラはとても満足した顔でお礼を述べた。
「ありがとう、とっても美味しかったわ」
満面の笑顔でそう告げると、なぜか給仕係が頬を赤らめた。
「料理人に伝えておきます」
冷静にそう言ってくれたので、ヴィオラはその事に気が付かなかった。何しろ外のテラスである。頬が赤いのは日に当たっているから。そう言われたらそれまでなのだから。
食後の運動に、ヴィオラはまだ二日しか経っていない屋敷の探索が、したくて仕方がなかった。
美しくそびえ立つ城のような屋敷である。
石造りの頑丈そうな塔が見えているのが来た時から気になっていた。
(あそこに閉じ込められると思ったのよね)
どうやって行くのか分からないほど、そこだけが高くなっている。ヴィオラが強請ると、メイドたちは喜んで案内を、かってでてくれた。
(なんで三人も?)
いつの間にかに一人増えて、三人になったメイドがヴィオラを、案内してくれる。
別に賊など出ないだろうに、ヴィオラの、前と後ろにメイドが歩き、一人が色々説明をしてくれる。
温室とか馬小屋とかは後回しで、とにかくヴィオラはあの塔に登りたかった。
庭から見ると塔だけがやたらと目立っていたが、よく見れば崖と塔が合体したような作りになっているらしい。内部は建物ではなく、石を削り出したような廊下と階段で、石でくり抜かかれた部屋は貯蔵庫になっているそうだ。
ワインやチーズなどがよく熟成するらしい。
長い階段を上がると、小さな扉があった。
メイドが開けてくれると、その先には海があった。
いや、海と空しか見えない。
見事な水平線をみて、ヴィオラは歓喜した。
「素敵」
ヴィオラが窓から眺めていると、ふと気配を感じてそちらを見てみた。
「…………」
全く説明されていなかったとは言え、予想は出来たかもしれない。
こんなにハッキリと、海が見渡せるのだ。眼下には美しい街並みがあったではないか。港もあった。
と、すれば。
「ごめんなさい。大声を出して」
外に見張りの兵士がいた。
外に出られる扉かしっかりとあって、彼らはそこから外に出ていたのだろう。
仕事中のせいで、彼らは軽く頭を下げるだけで視線は海を向いていた。
(来る前に教えてよ)
ヴィオラは恥ずかしくて顔が赤くなった。真面目に仕事をしている人の前で、呑気に観光気分丸出しだった。
「ヴィオラ様、こちらに」
そんなことはお構い無しに、メイドが椅子を勧めてきた。たしかに、慣れないのぼり階段で多少足が疲れてはいるけれど。
「ありがとう」
断りにくいので素直に座った。椅子に座っても眺めは良かった。外に歩けるスペースがあるようで、二人の兵士が時折移動するのが見えた。
(なんだか平和だ)
海の景色が心を穏やかにするのか、ヴィオラはしばらく海を眺めていた。
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