第15話

 アンジェリカ・ベンジャミン男爵令嬢は、怪我をした頭部の治療をされて、王城内の一室で横になっていた。

 もちろん、傍にはトーマス、クリストファー、ダニエルが、いる。

 アルフレッドは、「父上に進言してくるよ」と言って、不在である。

 しかしながら、こうして王城の一室に横たわり、にかしずかれ、静かに時を過ごす。なんて、なんと素晴らしいことか!

 侍女たちが無言で部屋を整え、茶の支度をし、王子付きの医者がやってきて、恭しく自分の診察と治療をした。

 いまは仮住まいのようなていではあるが、もうすぐ本物になる。アンジェリカはそう確信していた。

 なぜなら、アンジェリカは転生者であった。生まれた時からではないが、物心着いた頃には自覚があった。知り合いのお茶会に呼ばれ耳にする名前は覚えていたし。王子が誰と婚約を結ぶかも知っていた。

 当然、自分が可愛らしい外見をしていることもよく分かっていた。

 だからこそ、その容姿の良さを利用して自分の過ごしやすいように大人たちを懐柔していった。

 学園にはいる頃には、すっかり前世の記憶を取り戻し、攻略対象たちの攻略方法とルート、フラグの立て方についてしっかりと戦略出来ていた。

 面白いほどに攻略対象たちは自分に惚れて、悪役令嬢たちがどんなに足掻いても、ルート通りに攻略対象たちは動いてくれた。

 友情エンドではなく、逆ハーエンドを目指していき、そして、その通りになった。……はずだ。


「断罪イベントがイマイチ違ったのよねぇ」


 校舎に入ってすぐの小ホール、ステンドグラスに彩られ、吹き抜けの階段が美しいそこで、自分に手を挙げた悪役令嬢ヴィオラに、攻略対象たちが断罪をする。

 周りに集まったギャラリーが、その断罪に追随し、攻略対象たちは婚約者に婚約破棄を言い渡す。

 そうして四人に囲まれながら、主人公は吹き抜けの階段を登り、踊り場で美しいお辞儀をしてのエンド。

 断罪された悪役令嬢は、階段の下で打ちひしがれる。誰にも見向きもされずに。

 と、言う事になるはずだったのに、何故か悪役令嬢であるヴィオラに扇でなぐられ、床に倒れ込み、しかも血も出て、何故かアルフレッドはヴィオラを断罪できず、婚約破棄も言い渡せなかった。

 しかも、悪役令嬢であるヴィオラは、勝手に退場していったし、攻略対象があの場に二人足りなかった。


「それでも、これは逆ハーしてるわよね?」


 アンジェリカは、寝ながら辺りを見渡して、ニンマリとした。

 信じられないほどの高級家具が置かれ、咲き誇るバラがいけられている。

 歩いてはいないが、敷かれた絨毯は幾何学模様で毛足も長く、無粋な足音なんてしないだろう。

 自分が、寝かされている寝台も、四人ぐらい寝れそうな広さで、天蓋の紗は程よく光を通して、自分の姿を隠している。


 もちろん、寝心地は最高である。


 敷かれたシーツの肌触りは素肌に心地よく、かけられて上掛けは軽くて暖かい、侍女に着せてもらった寝巻きも肌によく馴染んだ。

 頭の下にある枕は、肩から上をしっかりと包み込み、怪我をしたアンジェリカをより一層儚げに見せてくれた。

 完璧な逆ハーエンドを迎えられた。と、一人でほくそ笑んでいると、扉が開けられアルフレッドが雑に部屋に入ってきた。


「アルフレッド様、そのように乱暴にドアを開けられては、アンジェが起きてしまいます」


 アルフレッドをトーマスが窘める。が、アルフレッドはそんなことお構い無しに乱暴にソファーに、腰を下ろした。

 クリストファーは無言でそれを眺めるだけで、特に何も言わなかった。ダニエルも、同じように黙ってアルフレッドを見る。


「父上は、アンジェをなんだと思っているのか」


 腹ただしげに呟くアルフレッドに、落ち着いて欲しいと思うものの、誰もが口をきかない。


「私の進言を後で、というのだ。アンジェが、このようなひどい仕打ちを受けたというのに!」


 いらただしげにテーブルを叩くと、一瞬だけアンジェリカの眠る寝台に目をやった。そうして、アンジェリカが起きていないことを確かめると、さらに言葉を続ける。


「しかも、私の進言を聞いて、あのモンテラート侯爵は涼しい顔をしていたのだぞ!」


 家臣のくせに、と苦々しげな顔をするも、誰も咎めることができなかった。謁見の間にいた、貴族たちは王の家臣であって、王子の家臣ではないのだ。

 だが、学園という箱庭で好き勝手やってきた彼らは、それにさえ気づかなかった。もちろん、寝たフリをしているアンジェリカさえも。

 そうして、晩餐の支度を侍女に言いつけようとした頃、扉が叩かれた。

 トーマスが扉を開けるとそこには何故か、騎士が数名立っていた。


「皆様方にお話がございます。おいで願えますか?」


 トーマスは騎士たちが醸し出す雰囲気から、これは良くないことだと察した。けれどそれを表に出すことはしなかった。あくまでも従順な態度を取らなくてはならない。

 特に、頭がお花畑のアルフレッドに気づかれる訳にはいかない。騎士たちの言う『皆様方』と言うのが、アルフレッドを除く自分たち三人のことだということはわかったので、クリストファーとダニエルを手招きした。二人はアルフレッドに黙礼をして扉までやってきた。そうして、三人が部屋を出ると、騎士が静かに扉を閉めたのだった。

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