第16話
モンテラート侯爵家では、ゆったりと家族揃って晩餐を迎えていた。
「お父様、聞いていただきたいことがございます」
娘のヴィオラが、口を開いた。
同じ学園に通う弟のニコラスは、姉が何を言い出すのか分かっていた。
夫人は、お茶会に参加していたので、噂話として知っていた。
なので、これからヴィオラが発言することに、モンテラート侯爵家は、誰も驚くことは無かった。
「わたくし、学園でベンジャミン嬢を殴りましたの」
「…そ、それはまた、どうしてだい?」
いきなりそこから話されて、モンテラート侯爵はどう返したらいいのか分からなかった。自分の娘が泣き寝入りするタイプではないと分かってはいたが、まさかここまでの過激な対応をするとは思っても見なかった。ので、答えを知っていても思わず声が上ずってしまったのだ。
「だってあの方、婚約者のいる方を愛称呼びましたのよ。わたくしやエリーゼ様の前で」
とんでもないことをしれっと言うあたり、自分の娘はかなりお冠であると、モンテラート侯爵は思った。
娘の発言を聞いて、夫人は眉間にシワを寄せた。淑女としてあるまじきことであるが、それよりもそんなことを許した男にも問題がある。愛称で呼ぶだなんて、ふしだらにもほどがある。そんなことは閨でするものだ。婚姻をしていない若い男女が他人の前でする行為ではない。なんとハレンチなことこか。
「それで、殴ったの?姉さんは」
一応、そーっと、控えめに聞いては見るが、この家庭内において一番の格下であるニコラスは、発言してしまったものの心臓はバクバクと落ち着きがなかった。
「ええ、そうよ」
ツン、と澄ました顔でしっかりと肯定をするヴィオラの目は、だからどうした。と、言わんばかりの目力を発していた。
「それで、その場にアルフレッド様はいらしたのかしら?」
夫人が念の為確認をする。
「ええ、いらっしゃった…はずですわね」
ヴィオラは、そう言いつつも、
「でも、アンジェリカ様が……」
思い出して頭の後ろがひんやりとする程に真顔になった。そうそう、駆けつけたアルフレッドは開口一番に誰を呼んだっけ?その時のこと思い出して、ほんの少しヴィオラの、表情筋が細やかな仕事をした。
その細やかな仕事を見てしまった給仕係は、全身に物凄い冷気を感じた。もちろん、侯爵家に仕えるものとして、悲鳴をあげるとかそのような事は、決して決して致すことはない。
姉の表情筋の細やかなる仕事を見てしまったニコラスは、心の底から後悔した。
(これはまずい、これはまずいぞ)
心の中で盛大に叫んだ。勿論、ニコラスの、表情筋は仕事を極力放棄していたので、向かい合う姉に気づかれる事はなかったけれども、斜め前にいる母親からはキツく睨まれはした。
「それで、ヴィオラはどうしたいかな?」
モンテラート侯爵は、自分の娘にお伺いをたてるしかなかった。そう、例え自分が侯爵であっても、娘は王太子の婚約者である。
「あんな破廉恥な方とは到底無理ですわ」
キッパリと断言をした。
「婚約を、解消したい…ということで、いいのかな?」
モンテラート侯爵は、控えめに訪ねた。
「ええ、そうですわね。でも、なぜだかアルフレッド様は主導権は自分にある。とお思いのようですけれど」
「ご自分の行為に正当性があるとでも?」
夫人が一段低い声で言う。
「アンジェリカ様を殴った私を罪人としてとらえて、わたくしとは婚約を解消しているつもりのようでしたわ」
「それは、何の権限があっての事なのかな?」
モンテラート侯爵は軽く頬がひきつっていた。婚約者を蔑ろにして、他の令嬢と人前で堂々と愛称で呼び合う。そんな道徳心と品性の欠けらも無いような事をしておいて、婚約解消の権利が自分にあると思っているのか?あの、王子は?
それを考えると、モンテラート侯爵も内心全くもって面白くないのである。後ろ盾になってやるために可愛い娘を婚約者としてあてがったのだ。それを、男爵令嬢に乗り換えるから、いらないと?
「頭の中がお花畑なのではないかしら?男爵家の後ろ盾で王位に付けると思っているのなら、そうして差し上げればよろしいのではありませんこと、お父様?」
花のような笑みを浮かべて、とんでもなく恐ろしいことを言ってのける娘が末恐ろしいと思いつつも、モンテラート侯爵は激しく同意するのであった。
「分かったよ、ヴィオラ。お前を傷物にしてくれた事を後悔させるしかないね」
娘思いの優しいモンテラート侯爵は、にっこりと微笑みながら、だいぶ優しくないことを宣言したのだった。
ニコラスは明日学園に行きたくない。とただただ思うのであった。
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