第12話
四人の顔とアルベルトの顔を交互に見つめて、ヴィオラはそれでもなお混乱していた。
なにもしない?
言われてみれば、確かに四人は騎士の服を脱いでいた。平服といえばいいのか?随分と簡素な服を着ていた。
特にアルフレッドに至っては、まったくキラキラオーラが出ていなかった。ゲームの中では背後にバラまで背負っていたというのに。現実で背負うのは無理なことぐらいは分かってはいる。
それに、どうしてこの四人は立たされているのだろうか?断罪されて、国外追放をされたヴィオラが優雅に腰掛け、お茶までいただいているというのに。
「落ち着いたかい?ヴィオラ嬢」
アルベルトに言われて、ヴィオラはようやく正面に向き直った。
「え、ええ」
なんとも曖昧な返事しか出来なかったが、帯剣していないので、彼らに突然殺されることは無いのだろう。それに、この邸の主人であるアルベルトが目の前にいる。許可なく行動を起こすことは出来ない。何しろ、ここは国外なのだから。
「じゃあ、改めて」
アルベルトが真面目な顔をして、ヴィオラを見る。
ヴィオラは、アルベルトの脇にある小箱に目線を移した。何やら大切なものらしいことはよく分かった。
アルベルトは、小箱の中から白い封筒を取り出した。恭しく両手でしっかりと持ち上げる。
「ヴィオラ嬢、これは君宛てにここに届いたものだよ」
そう言って渡された封筒を見れば、確かにヴィオラの名前が書かれていた。
ヴィオラはそのまま封筒を裏返す。
そうして、そこにあった蜜蝋の封を見て、目を大きく見開いた。
蜜蝋は王家の紋章だったのだ。
封筒を手にしたまま、ヴィオラは動けなかった。
先程、アルベルトはここに届いた。と言わなかったか?
ヴィオラがここに来ることが分かっていて、わざわざ別便で手紙を送る意味はなんなのだろう?
ヴィオラも手紙も同じ王城から来たのではなかっただろうか?
ヴィオラが出発した後で、手紙を渡し忘れたと、慌てて馬を走らせたのだろうか?
(なんでこんなに回りくどいことを?)
ヴィオラは色々考えてはみたものの、答えは出てこなかった。
(ゲームにこんなこと書かれてなかったし)
断罪され悪役令嬢に、王様が手紙を書いたとか、国外追放に王子たちが着いてきた。とか、そんなことはゲームのエピローグに書かれてはいなかった。もしかすると、逆ハールートの時だけのイベントとか?いや、それは無い。記憶にある限り、前世で逆ハールートのエンディングも見ている。
封筒を手にしたままのヴィオラに、アルベルトが話しかけてきた。
「後ろにいる彼らもね、ちゃんと罰を与えられたんだよ」
なんだか楽しげにアルベルトがそういうので、ヴィオラは改めて後ろに立つ彼らの顔を見てしまった。
「ば、罰ですか?」
そうは言っても、ヴィオラには未だに理解出来ることは無かった。そもそも、ゲームのシナリオにこんなことは書かれていなかったのだから。
(ちょっとまって、私が断罪されたのだから主人公はアルフレッドとのハッピーエンドを迎えたのではないの?)
ヴィオラの前世の知識とかけ離れた現実に、ヴィオラの処理能力はショート寸前だった。攻略対象が罰を受けるなんて、そんなシナリオは存在しなかった。
が、ヴィオラは再び考える。
(もしかして、私の知らない追加シナリオ?)
よくあることだが、家庭用ゲーム機がインターネット接続される前提でしか販売されていないため、制作会社もどこか安心仕切って、いつでも追加シナリオを配信したり、バグの修正をしたりする。
ありがた迷惑なことこのうえないのだが…
(前世にいれば喜んだけど、今の状況じゃ喜べないよ)
ヴィオラは封筒を手にしたまま、困惑の表情をうかべ固まっていた。もちろん、頭の中では色々な妄想を繰り広げてはいるけれど。どれもこれも口に出すことははばかられるようなことばかりだ。
「ところで、ヴィオラ嬢」
アルベルトに呼ばれて、ヴィオラは慌てて返事をする。が、本当に慌てたため若干声が裏返った気がする。淑女として恥ずかしいことだ。
「私が誰だかまだ分かっていないようだけど?」
「え?」
唐突な言葉にヴィオラは首を傾げた。
国外に友だちは居ないはずなのだけれど。
「君のお祖母様はどちらの出だたったかな?」
アルベルトに言われて、ヴィオラはゆっくりと考えた。随分前にお亡くなりになったけれど、お祖母様はこちらの国から嫁いでいらした。だからこそ、ヴィオラは幼い頃からこちらの口の言葉を理解していて…
「あ、あの、大変失礼なのですが……」
「酷いね、ここはお祖母様の生家なのに」
病床に伏せっていたお祖母様から聞かされてはいた。あの、海の見える丘に眠らせて、と。
「で、では、ここがお祖母様の願った」
「そうだよ」
アルベルトが笑顔で答えてくれたので、ヴィオラは内心胸を撫で下ろした。前世の記憶にはない事なので、記憶を手繰り寄せるのに困難した。
(国外追放という名の里帰り的な?)
ようやく事態が飲み込めてきて、ヴィオラは安堵した。が、ハタと気がつく。
(まさか、アルベルトと結婚させられる?)
婚前交渉はしていないけれど、高貴な身分の令嬢が、婚約を破棄された。しかも相手は王太子。立派な傷物である。
国外追放の名目を借りて祖母の実家に送り届け、跡目を継ぐ的な?ヴィオラはマジマジとアルベルトを見つめた。ヴィオラの生家である侯爵家からすれば、別に今更王族との婚姻をしなくても十分に国内に権力は浸透している。隣国との繋がりと、親族の繋がりを考えて、本来はこうすることを考えていたのではないだろうか?
「何を考えたかは想像着くけど、それもありだと思うよ。でも、まぁ、とりあえず、その手紙を読んでみて」
「……はい」
ヴィオラは素直に頷くと、慎重な手つきで封を開いた。蜜蝋の、剥がれる感触に背筋が寒くなった。
一国の王が、平民に成り下がった少女に送る親書には何が書かれているのか?
ヴィオラは震える手でゆっくりと手紙を開いた。
それを読んで、理解するのにはだいぶ時間がかかりそうだったけれど、読みとかなくては先に進めないと理解して、ヴィオラは手紙の文字を目で追い始めた。
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