第11話
出発をするということで、目的地がここでは無いと暗に理解した。そうして、当たり前にトーマスたちが着いてくる。
もう、着いてこなくてもいいのに。というのがヴィオラの本音で、国外追放は果たされたのだから、後は報告をしてくれればいいのに。と切に思った。
揺れる馬車の中で、ヴィオラは落ち着かなかった。本当に、トーマスたちはどこまで着いてくるのだろうか?国境は超えたし、こんな砦のある地域、賊なんて出るとは思えない。
「もう、護衛なんて不要でしょうに」
言ったところで何も変わらないのは分かっている。当然、あちらに聞こえる訳でもない。けれど、トーマスが居ることがどうにも居心地が悪いのである。
夕刻に、ヴィオラを乗せた馬車は立派なお城に到着した。
先程立ち寄った石造りの砦に似て、堅牢な造りの城だった。その重厚感は、なんだか牢獄のようにも思えて、ヴィオラは思わず身震いした。
が、しかし、城に入る手前で道がゆっくりと折れた時、眼下に広がる街の景色に息を飲んだ。
(ヨーロッパのリゾート地みたい)
思わず息を飲むほどの、美しい街並みだった。
同じ色の屋根が並び、港が見え、海は美しく夕日色に彩られている。
「素敵」
思わず惚けた声が出て、慌てて口に手をやる。誰にも聞こえてはいなかったはずだけれど、なんだか恥ずかしかった。
(だめだめ、私は罪人)
改めて自分を戒めるが、どうにも心が浮き足立ってヴィオラはどうにもならなかった。
そうして馬車が止まった時、ヴィオラは背筋がビシッと伸びた。
どう考えてもここが目的地としか思えなかった。
なぜだかよく分からないけれど、ポーチで執事らしき人物が出迎えている。
ヴィオラは慌てて閂の紐を解いた。
ゆっくりとした動作で、執事らしき人物は馬車の扉に手をかけた。
(うわわわわ、どーゆーこと?)
罪人のヴィオラをこのように出迎えるとは、本当にどういうなのだろうか?
開いた扉から、人の良さそうな執事らしき人物が微笑んでいる。
「ようこそお越しくださいました」
そんなことを言われて、ヴィオラの心臓は跳ね上がった。
(こ、ここ、どこなんだろう?)
わけがわからないまま、ヴィオラはゆっくりと馬車から降りた。
荷物を持っていなかった事に気がついて振り返ると、執事らしき人物がすんなり御者から受け取っている。
「さあ、こちらへ」
促されるままヴィオラは入口の扉を潜った。大きな扉を解放し、ヴィオラを向かい入れてくれる。
状況がまったく飲み込めないまま、ヴィオラは一歩ホールに足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
メイドが数人並んで、一斉に頭を下げた。
以前はそれを当たり前のことと受け止めていたが、罪人となり国外追放されたヴィオラには、この出迎えは大袈裟すぎる。
メイドの1人がヴィオラの荷物を受け取ると、執事らしき人物がまたヴィオラの前にやってきた。
「ご案内致します」
言われるままにヴィオラは廊下を歩く。その後ろにメイドが続く。これでは全くもって罪人の感じがしてこない。
2階の部屋に案内されて、ヴィオラは不思議に思った。この建物は三階建てだから、使用人の部屋は三階なのでは?二階は主人たちが住むスペースなのではないだろうか?それとももっと奥に住んでいるとか?などとヴィオラは考えていたけれど、
「いかがですか?」
執事らしき人物が、目の前のテラスの窓を開ける。
「……す、素晴らしいわ」
あの景色が一望できた。
ヴィオラは思わず簡単の声を上げ、その景色に目を奪われた。
「お荷物はこちらに置かせていただきます。それでは、こちらに」
執事らしき人物がまたヴィオラを案内する。
メイドたちが一斉に頭を下げる。
ヴィオラは大変居心地が悪かった。
(わ、私罪人なのに)
そんなことを思いつつも、ヴィオラは淑女らしい微笑みを浮かべてメイドたちを労った。扉を抑えていたメイドは、そんなヴィオラを見てしまい、顔を赤くするのだった。
次に通されたのは客間だった。
落ち着いた雰囲気の応接セットが置かれ、美しい花が飾られていた。
ヴィオラは勧められるまま客人の席に着いた。
そうすると、メイドが、優雅な手つきでお茶を出してきた。添えられたのは焼き菓子で、甘い香りがした。
メイドは、ヴィオラと目が合うとにっこりと微笑んだので、ヴィオラは礼を言うとお茶を一口。そして、焼き菓子をたべた。
疲れているのか、焼き菓子がこの上なく美味しく感じられた。
メイドは何を話すでもなく、ただニコニコとヴィオラをみているだけだったので、ヴィオラはここの主人について聞くことが出来なかった。
お茶をすっかり飲み干してしまった頃、扉が控えめに叩かれた。
くるべき時が来た。とヴィオラは背筋を正した。扉が開く音がして、ゆっくりとした足取りで男性がヴィオラの前にやってきた。
ヴィオラは立ち上がり、淑女の礼をした。
「ああ、そんなに畏まらなくていいんだよ、ヴィオラ嬢」
優しそうな微笑みを浮かべながらそういうのが、この邸の主人らしかった。
「初めまして、私はアルベルト・セレネル」
「初めまして、ヴィオラと申します」
困ったことに、アルベルトは既にヴィオラの名前を知っていた。けれども、礼儀として名乗らなくてはならないから、ヴィオラは改めて名乗った。
「そんなに緊張しないで欲しいな」
アルベルトに促され、ヴィオラは再びソファーに腰を下ろす。
穏やかな物腰のアルベルトは、この間会ったライオネスとどこか似ていて、見透かすような視線にヴィオラはどこか落ち着かなかった
「ふふっ、その顔だと、本当に何も知らないみたいだね」
アルベルトの言葉に目を見張るものの、ヴィオラはなんと言ったらいいのかまるで分からなかった。
自分はここでメイドとして働くのでは無いのだろうか?平民になったのだから、国外追放された先で、大人しく働くしかないとおもっていたのだが。
(私が何を知らないと言うんだろう?)
全くもって情報を与えてくれないので、ヴィオラは懸命に考える。
(そもそも断罪されてる時に話をちゃんと聞いていなかったのよね)
自分の迂闊さを後悔しつつも、ヴィオラはどうしようもなくて、ただアルベルトを見つめ返すしか無かった。
「そんな顔をされると欲が出るな」
大人の色気と余裕のある微笑みを向けられて、ヴィオラは息が詰まった。ずっと王太子の婚約者として過ごしてきたので、ヴィオラに色目を使う者はいなかったし、ヴィオラも男性との接触を極端に避けてきた。その弊害と、前世の記憶を取り戻したせいで、まったく免疫のない初心な少女に成り下がっていたのだ。
軽い咳払いをして、執事らしき人物がアルベルトに何か盆にのせた箱を差し出した。
「ああ、そう、これだよ」
うっかり忘れていた。と言う顔をしてアルベルトは箱の蓋を開ける。それをぼんやり眺めていたヴィオラは、ふいに目線を感じて後ろを振り返った。
「ーーっ」
悲鳴をあげそうになって、息を飲む。
扉の側に見知った顔が並んでたっていたのだ。
ヴィオラのその様子を見て、アルベルトは面白いものを見た。と言う顔をした。
「本当に何も知らないのだね」
笑うような諭すような、なんとも言えない響の声がヴィオラの耳に届くが、四人の顔を見たヴィオラの心臓が早鐘を打っていて、それのせいで何も聞こえなかった。
「ヴィオラ嬢?」
わかりやすいぐらいに顔色を無くしたヴィオラに、アルベルトは声をかけるが、ヴィオラはその四人の顔を見たまま微動だにしなかった。
「大丈夫だよ、彼らは何もしないから」
テーブル越しにアルベルトの手が伸びて、ヴィオラの手を握る。その温かさでヴィオラは我に返り、アルベルトの顔を見つめた。
「紹介が遅れて申し訳なかった」
いまさら紹介されなくても、ヴィオラはこの四人をよく知っている。
トーマス、クリストファー、ダニエル、そして、婚約者だったアルフレッド。
ヴィオラを、断罪した四人が揃っていた。
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