第7話

 翌朝、馬車に乗り込むとヴィオラは閂をかけて紐で固定するのを忘れなかった。

 見た目は質素だけど、この馬車はかなか上等なものである。トーマスも馬車を破壊してまでヴィオラの命を狙いはしないだろう。

 馬車の中では日記を読み返すことにした。自分の記憶にある乙女ゲームの内容と、実際に起きたことを時系列で比べてみる。

 書かれているのはヴィオラが見たり聞いたりしたことだけなので、アンジェリカと攻略対象が二人っきりで起こしたイベントは少々抜けてはいた。

 が、読んでいくうちにハッキリと分かったことがある。

 間違いなくアンジェリカは、逆ハールートを攻略したのだ。


「ハレンチだわ」


 ヴィオラは唇をギュッと噛み締めた。

 日記を読めば読むほど、アンジェリカへの、いいや、アルフレッドへの怒りが込み上げてくる。

 対象的なまでに作り込まれたキャラ設定のなせる技なのだろうか、アンジェリカは金髪碧眼、対するヴィオラは銀髪に菫色の瞳だ。


 金対銀

 侯爵令嬢対男爵令嬢

 キャピキャピ対ツンツン


 男に媚びを売り、上手に取り込む。伝説のキャバ嬢も真っ青だろうその手腕。


「アンジェリカも転生者?」


 ヴィオラはうっかり思い出したのがエンディングの真っ最中だった残念さんに対して、アンジェリカはゲーム開始前に前世の記憶を取り戻していたとしたら?


「攻略方法をバッチリ記憶していたとしか思えませんわね」


 普通の令嬢だったら、逆ハーなんて狙うはずがない。頂点を目指すなら王太子だけを狙えばいいはずだ。取り巻きたちなんて、放っておけばいい。この国、いや、この世界で生まれ育った令嬢なら、そんな恐ろしいことをするはずなんてないのだ。

 なのに、アンジェリカはあえて取り巻きたちも攻略対象として、攻略した。


「ほぼ一夫一婦制ですのに」


 アンジェリカのやらかしたことは、貞操観念を揺るがし、処女性を重んじる貴族社会においてとんでもないことだった。

 だから、学園の中で王太子とその取り巻きたち、そしてアンジェリカは完全に浮いていた。

 だからだろうか?ヴィオラのアンジェリカ殺害未遂の後、断罪されるまで1ヶ月以上待たされたのは。

 ヴィオラは学院をやめて、邸の自室に軟禁状態にされた。

 侯爵である父は、朝早く城に上がり、帰るのは夜遅かった。なんの情報も得られないまま、ヴィオラはひたすら邸に留まり、そして、ある朝黒いドレスを着させられ断罪された。

 そもそも、断罪というのもよく分からないのだ。何を持ってしての断罪だったのだろうか。

 罪状が読み上げられていたと思う。たぶん。

 そこまで思い出して、ヴィオラは思った。

 地下の牢屋みたいな場所に連れていかれて、雰囲気の異質さに気分が悪くなり、罪状の読み上げが頭に入ってこなかったのだ。


(なんて言ってたかな?)


 思い出そうにも出てこない。


「つまりは聞いてなかったってことですわね」


 ヴィオラは深いため息をついて、日記帳を閉じた。

 確かなことは、自分は破滅させられて、断罪を受け、国外追放される。ということだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る