第5話

 昨日と同じ馬車に乗り、街道を走る。別段急ぐ訳もなく、かと言ってのんびりしている訳でもない。ただ馬が一定の速度で走り続けているだけだ。御者も鞭を使うような真似はしていない。

 ただ気になるのは、本当に国外追放されるのだろうか?ということだった。

 護衛なのか見張りなのか、おそらく後者の騎士たちは、一定の距離を保って着いてくる。でも、よく見れば、前方にもう一頭馬がいることに気がついた。ハシタナイというか、ちょっと危ないのは分かっていたけれど、本来御者と連絡をとるための小窓から前方を確認したのだ。


(どれだけ見張れば気が済むんだろう?)


 そんなにもアンジェリカを刺殺しかけたヴィオラが憎いのだろうか?


 憎いだろう。


 何しろ、王太子殿下の恋人なのだから。未来の王太子妃だ。ヴィオラが婚約破棄されたから…


(納得いかないわぁ)


 王太子殿下の婚約者だったのはヴィオラなのに、格下男爵令嬢の色気に絆されて浮気をしたのは王太子であるアルフレッドだ。

 婚外子を許さない風潮の社会観念のある国で、国の長になる予定の王太子が堂々と浮気をし、それを隠さなかった。学園の中とはいえ大問題である。

 オマケに側近候補である令息たちまで…

 前代未聞だった。


(この世界観念で、逆ハーは無理だわ)


 どんなにヴィオラが諌めても、アルフレッドは聞く耳を持たなかった。それどころか、側近候補の令息たちまでもがヴィオラを悪人だと言い出す始末だった。側近候補の令息たちの婚約者の令嬢たちは、親に泣きついたとか言っていた。ヴィオラもそうすればよかったのだろうか?今更だけど。


「ゲーム補正だったのかしらねぇ」


 街道の景色を眺めながらそんなことを呟いた。

 誰にも聞かれない独り言。

 向かいの座席には、女将に頼んだサンドイッチが入ったバスケットがある。水筒もついていた。


(何人分あるんだろう)


 もしかすると、映画でしか見たことがない、中にお皿やフォークが入っているのだろうか?

 御者には、馬を休ませるときにお昼にしたいと伝えてあるので、どこかで休憩が入るだろう。


(騎士たちとは一緒には、ないな)


 本当に、昼時に休憩に入った。


(私、罪人だよね?)


 馬が草をはみ、その傍でピクニックよろしくバスケットを広げる。お皿が着いていて、フォークもあった。とても罪人の食事とは思えない。

 サンドイッチだけではなく、オレンジが入っていた。食後のデザートだろうか?とりあえずお皿に盛り、御者に手渡した。


「いや、あの…」


 御者はかなり、恐縮していた。

 そんなこと言われても、一人で食べるには多すぎるし、私も平民になったし。と、ヴィオラは考える。だからといって、あの騎士たちを誘う気にはならなかった。


「一人で食べるより美味しいわ」


 笑顔でそう言うと、御者は一緒に昼食を食べてくれた。

 離れたところで騎士たちも何かを食べているようだ。馬も草をはんでいる。


(のどかすぎる!)


 これは本当に断罪ルートなのだろうか?誰にも聞けないだけに、ヴィオラは少し胃が痛くなってきた。


 馬車の中では何もしていないけれど、別段退屈ではなかった。

 考えることは沢山ある。

 前世の記憶、この世界の記憶。

 乙女ゲームの世界なのだとは思う。思い出したことをメモしていく。ご丁寧に、荷物の中に日記帳が入っていのだ。


 読み返すだけでも面白かった。


 攻略対象である王太子たちが、どんどんアンジェリカに攻略されていく様が書き綴られていた。そして、そこに書き込まれたヴィオラの胸の内。

 悪役令嬢ではなく、一人の乙女の気持ち。

 読んでいて切なくなった。こんなにも王太子を思っていた。それなのに、裏切られた。

 その上婚約破棄されて、断罪された。


「腹ただしいこと」


 口に出すと何やらお上品になる。

 でも、もう、自分には関係のないことだ。

 きれいさっぱり忘れて、新しい人生を歩まなくてはならない。しかし、食後で天気が良くて、のどかで、馬車に揺られて、ヴィオラは睡魔に負けてしまった。



 コンコンコン

 優しくノックされたが、ヴィオラは起きなかった。

 はしたなくも熟睡していたのだ。なにしろ、長距離移動に合わせて座面がフカフカで、とても座り心地が良かったのだ。オマケにクッションまで用意されていたのだ。日記を読んだりメモをとる時に、あぐらをかいた膝の上に載せていたから、それをそのまま抱き抱えていたのだ。

 少し強めにドアを叩かれる。

 今度はその振動が、伝わってヴィオラは目が覚めた。が、すぐには状況が、読み込めなかった。

 日記を読みながら寝てしまったらしいとは、状況をみて理解した。よくぞ座席から転げ落ちなかったものだ。

 変な体制だったのか、首が痛い。


「着いたのかしら?」


 ぼんやりとしたまま、カーテンを、開けた。


「ーーーーーーー!」


 カーテンを開けた途端、ヴィオラは恐怖でいっぱいになった。

 馬車の外に見知った顔がいたのだ。

 辛うじて悲鳴はあげなかったものの、ヴィオラの中に、恐怖の念だけが広がっていく。


(嘘?なんで?)


 王太子の側近候補だったトーマスがいたのだ。騎士の格好をして。

 咄嗟にカーテンを閉めて、しゃがみ込んだ。

 閂は大丈夫、閉まっている。紐もかけてある。


(まって、まってまって)


 頭の中が混乱している。

 騎士がトーマス?

 トーマスは、騎士だっただろうか?

 学園に居た。

 王太子の側近候補の一人だった。

 婚約者もいた。

 アンジェリカに絆されていた。

 そんな人物が、ヴィオラの前にいる。


「殺される?」


 ヴィオラの頭のかなは、それでいっぱいになった。

 国外追放とか、言っておきながら、その実ヴィオラを殺しに来た。騎士の姿でカモフラージュまでして。


「ヴィオラ様、どうか馬車から降りてください」


 御者の声だ。

 誘い出して、油断したところをバッサリされるのだろうか?そんなことを考えたら、怖くて立ち上がることさえ出来なかった。

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