第3話

部屋に通されて、ヴィオラがバレないように部屋を物色していると、背後から声をかけられた。


「お食事はお部屋にお持ちしますから、先にお風呂になさいますか?」


 ニコニコ微笑みながら女将に言われる。


(何、この待遇?私、罪人よね?)


「え?ああ、ありがとうございます」


 思わずにっこりと微笑み、淑女の礼をしてしまった。


「まぁ、私なんぞにそんな…」


 女将は慌てて手を振ると、そそくさと部屋をあとにした。

 心做しか、耳が赤かった気がする。が、ヴィオラはいまはそんなことを気にしている場合ではなかった。

 カバンの中身をベッドの上に広げてみる。

 数着の下着と替えのドレス。


「このドレスは…」


 お気に入りの旅行用ドレスだった。

 見覚えがある。濃い緑色に黒の光沢、胸の辺りにサテンのリボンが装飾されていて、肌触りが良くてとても気に入っていた。よく見たらスリッパも入っていた。


「どういうことなのかしら?」


 罪人の最低限の荷物。とは考えにくい中身である。

 お気に入りのドレスを持って国外追放される?

 最低限の?袋にドッチャリ入った金貨?


「失礼致します」


 女将の声がした。


「はい、どうぞ?」


 ついたての向こうに、女将と女性が入ってきた。女将の後ろにいる女性はこの宿の従業員だろうか?こざっぱりとした服を着て、髪も後ろにひとつにまとめられている。


「お湯のお支度を致しますね」

「ありがとうございます」


 ヴィオラは、全く理解が出来なかった。


(えーっと、私罪人よね?)


 呆然と見ているうちに、男たちの手によってお湯がバスタブにはられていく。

 カバンの中に石鹸入っていたかな?とか考えていたら、


「こちらの特産品のハーブ石鹸でございます」


 女将が石鹸を置くと、


「ごゆっくりどうぞ。あがられた頃にお食事のお支度を致しますね」


 そう言って、みなが出ていってしまった。


(意味がわからんわ)


 とりあえず、扉に鍵をかけるとカバンから出した新しい下着をもって、お風呂に向かった。

 脱衣場がちゃんとあって、バスタブも洗い場もある。記憶にある限りの風呂場に似てはいる。


「私、罪人よね?」


 だんだん自信が無くなるぐらい、待遇がいい。


 ハーブ石鹸はとてもいい香りがして、気分が良かった。屋敷にいた時はメイドさんが洗ってくれていただろうけど、今はひとり。


(記憶が戻った今じゃ、誰かに体を洗われるとか気持ち悪いわ)


 シャンプーとかリンスの、概念がないので、ハーブ石鹸で、髪まで洗う。蜂蜜でも入っているのか髪はごわつかずしっとりと洗いあがった。

 備え付けのタオルで髪を乾かし、お気に入りのドレスに着替える。


(寝巻きも入ってるわ)


 もはや、最低限の荷物とは?と疑問しかないし、このカバンに良くぞここまで詰めてくれた。とパッキングした人を褒め讃えたい気分である。

 ソファーに座って夜風に当たっていると、コンコンとドアがノックされた。

 鍵をかけていたので、立ち上がってドアのそばにたち、


「どちら様?」


 一応、警戒して尋ねてみる。


「お食事をお持ちしました」


 本当に、食事が部屋に運び込まれた。

 ワゴンを押すのは女将で、テーブルに食事を並べ始める。晩餐と違って一品づつとはいかないようで、全品が並べられると壮観だった。


(私、罪人よね?)


 ファミレスの、ディナーセットより品数が多く、ヴィオラは一瞬めまいがした。


(私の罪状なんだっけ?)


「素敵、こんなに食べられるかしら?」


 元令嬢らしく、出された料理を見て無難に褒めてみた。そう、無難に褒めるしかないのである。


「王都に近いので、素材はいいものを使わせていただいております」


 女将はなんだか嬉しそうだった。

 椅子を引かれたので、そこに座ると、女将はテーブルの近くに立った。


(まさか、給仕?)


 一人でゆっくりと食べられると思っていたヴィオラは、ガッチガチに緊張した。なにせ、前世の記憶が戻って初めての食事である。緊張と緩和の加減が程よすぎて、マナーがなんだったかすっぽり頭から抜け落ちてしまったのだ。


「いただきます」


 とりあえず、前世のくせでそう言うと、フォークとナイフでゆっくりと食材を切り分け、品よく口に運ぶ。前世の記憶は戻ったけれど、身についた令嬢としてのマナーは抜け落ちてはいなかったらしい。


(喋るのと同じでちゃんとできるのね)


 自分で自分に感心しつつ、料理を堪能する。


「とても美味しいわ」


 にっこりと微笑んで女将に告げると、女将は心底喜んだらしく大層大袈裟に頭を下げてくれた。


(まぁ、私美少女だもんね)


 ヴィオラは、ちゃんと自分の笑顔を破壊力を理解していたのだった。

 食事を終えて、一人になると、下からの喧騒が聞こえてきた。他の宿泊客か、町の住人か、楽しそうに食事をしている様子がうかがえた。


「私も、この間まではそんなことをしていたわね」


 今更だけど、失ったものは大きい。

 平民に成り下がった。それは、家族を失ったと言うことだ。


「天涯孤独になってしまったのね」


 夜空を見上げても虚しいだけだった。あちこちに見える灯りは民家なのだろうか?風に乗って食事の匂いがする。

 慎ましやかな幸せ。

 確か前世はーーーーー


(オタクだったことしか思い出せない)


 推しの同人アルバムを手に入れて喜び、グッズを買うために食事代削った。そんなことしか思い出せない。


「色んな意味でやり直しなのかしら…」


 前世と今世の自分に反省をした。

 そんなヴィオラの罪人としての初日が終わった。

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