裏切られた勇者パーテイー。その果てに……!
魔王城を目前に控え、勇者パーティーは崩壊した。
「この裏切り者めが!」
「貴様など焼き尽くしてくれるわ!」
「そ、そんな……!」
武闘家が裏切り者である盗賊の襟首を掴み、怒鳴りつける。
その傍らで魔法使いの翁が火炎魔法を放とうと詠唱を始めた。
「おい、なんの騒ぎだよ!?」
「ゆ、勇者! 助けてくれ!」
間一髪と言うところで戻ってきた勇者に、盗賊が助けを求める。
「どうしたんだよ、お前ら!? こんな大事な時に仲間割れなんて!」
「勇者! こやつは我々を裏切った! 勇者パーティーから追放すべきだ!」
「な、なんだって!?」
武闘家の言葉に勇者は衝撃を受けた。
真偽を問おうとするも、盗賊は露骨に視線を逸らした。
「そ、そんな、なにかの間違いだろ⁉ 嘘って言えよ!」
「嘘ではない! そやつは我々が目を離した隙に密通をしておったのじゃ‼」
あくまで盗賊を信じようとする勇者に、魔法使いは残酷な真実を告げる。
「嘘だろ……嘘って言ってくれよ‼ なぁ!?」
「……」
一番、つき合いが長い、親友と言ってもいい存在。
「魔王を倒して、貧しい子供たちが、自分のように犯罪に手を染めなくて済む世界にしたい」と常々語っていた彼が、まさか自分を裏切っていたのか!?
だが、魔法使いも武闘家もこんな嘘を吐くような人間ではない。
信頼できる仲間の間で揺れる勇者に、トドメとばかりに武闘家があるものを取り出した。
「まだ分からないか‼ これを見ろ! これが証拠だ!」
「!? こ、これは!?」
殺気立った武闘家の取り出した証拠。
……それは、カカオの甘い匂いの漂う、ハートの形をした箱であった。
「……これは?」
勇者が白けた表情で尋ねる。
すると、二人は顔面に血管を、背後に殺気のオーラを浮き上がらせながら、憤怒の表情で吼えた。
「見て分からんか!? おなごからのチョコレートであるッ‼」
「……で?」
「今日はバレンタインデー! こやつ! あろうことか、勇者パーティーに所属しておきながら、我々を裏切り、女子からチョコレートを受け取っていたのだ‼」
「で?」
「我々が一個も貰えなかったのに、このような真似! 断じて許さぬ‼ 速攻追放すべきであるッ‼」
「……」
勇者は天を仰ぎ、涙を堪え、深く深く息を吐く。
そして、腰に下げた聖剣を鞘ごと抜いて、そのまま一本釣り打法の構えを取り……
「死ね」
「「ごばぁ!?」」
ガゴンッ!
二人の無防備な腹に叩き込む。
真剣だったら真っ二つになっているであろう、フルスイングにたまらず、二人は吹っ飛んで、そのまま、頭から地面に叩きつけられた。
「これでよし」
「あの、勇者……」
「盗賊、明日は早いんだからそろそろ、寝よう。見張りは変わるから」
「いや、二人は……」
「明日はいよいよ、魔王城に斥候に行ってもらう。この役目はお前にしかこなせない。必要なものがあったら、言ってくれ。すぐ用意する。じゃあ、おやすみ……」
「あ、あぁ……おやすみ……」
こうして、何事もなく夜は過ぎていったのだ……
「「って待たんか!」」
「生きてたか」
……訂正。残念ながらまだまだ騒がしい夜は終わらない。
「勇者よ! なにをすると言うのだ!? 裏切り者はあいつだ! あいつを成敗せぬか!」
「左様! 魔王城を目前に控え、恋人と密通など問題行為! 見過ごすわけにはいかんじゃろうが!」
「問題があるのはお前らだよ」
復活した馬鹿二人の猛抗議を、しかし、勇者は冷めた表情で聞き流す。
「いや、別にいいじゃん。うちのパーティー恋愛禁止って訳じゃないんだから。チョコレートくらい貰っても」
「ふざけるな! 貴様、それでも世界を救う勇者か!?」
「そうだ」
「だったら、我々、モテない男も救ってくれてもいいじゃろうが!」
「そこは自己責任だ」
ぎゃーぎゃー喚く見苦しい二人に、勇者は呆れるしかなかった。
あ~、驚いて損した。そんな心境である。
「って言うか、バレンタインって、たしか異世界のイベントだろ? 宗教も違うのになにをそんなに騒いでるんだよ?」
「あぁ、最近、国の方針で教会が導入したんだよ」
勇者の疑問に盗賊が答える。
昨今、様々な国では異世界人よりもたらされた年間行事を積極的に取り入れるのが流行していると言う。なにしとんねん。
「その通り‼ そして! バレンタインは我が国教である【カプテューン教団】の大聖女様が導入した一大行事じゃぞ!」
「女子が好意を持っている男子にチョコレートをはじめとした菓子を渡す一大行事。しかし、我々は今年もお母さんからしか、もらえなかったのだぞ!?」
「俺もだよ」
「なら我々の気持ちも分かるはずじゃろ⁉」
「それとこれとは話が別だ」
って言うか、魔法使いの爺さんよ。
お前、その年になってもお母さんからチョコレート貰ってんの?
お母さん、何歳だよ? 息子を甘やかすなよ。
「あのさぁ、俺たちは魔王退治と言う大事な使命を女神さまから与えられてんの! それに、魔王が世界を支配したら、バレンタインとかやってる暇がなくなるでしょうが! そこら辺、分かってんの? キミたち!」
「だったら、盗賊にも同じこと言ってくれよ!」
「そうじゃ! コイツ、幼馴染のシスターとことあるごとにイチャイチャしてるんじゃぞ! 許していいのか!?」
「いいよ。場を弁えてるんだし。お前らと違って」
少なくても、醜い嫉妬で暴力行為に及ぼうとはしない。
「大体なんでこのパーティー男オンリーなんじゃ!? ピッチピチギャルの一人や二人! 入れてもバチは当たらんじゃろ!」
「その原因はお前らなんだけど? そもそも、そんなにチョコレートが欲しかったら、道具やなり菓子屋なり行って自分で買ってこい! 馬鹿らしい」
「そんな寂しいことできるか! 完全に店員さんから憐れみの籠った目で見られるわ!」
「わしらは! 女子から! 手作りの! チョコレートが! 欲しいんじゃ!」
「無理だろ。お前らモテないもん」
『ぐあああああ!?』
勇者の一言に武闘家と魔法使いは一撃でKO。死の呪文に匹敵するほどの威力である。
「き、貴様……! その言葉は言ってはいけないだろうが! 例え事実でも!」
「いやだって、悪いのは普段からモテる努力を怠ってるお前らの所為じゃん」
「も、モテる努力ってなんじゃ!? そんなもん、あったら苦労しとらんわ!」
「いや、モテる努力をしてる奴は、身だしなみとか周囲への気配りとか普段から気にしてるぞ?」
盗賊はその点合格である。
少なくても目の前の、常に上半身裸で、汗臭くて鬱陶しい武闘家と、年を考えないじじよりは。
「とにかく、俺たちが優先すべきは魔王を討伐することだよ! 分かったら、寝ろ! 明日も早いんだから!」
「「やだやだ~! チョコレート欲しいの~! ギブミーチョコレート!」」
「……」
遂にはダダをこね出した二人に、勇者は頭痛を堪えながら「仕方ない」と最終手段を取ることにした。
「……と言う訳で女神様。夜分遅くにすみません。俺は別に構わないので、この馬鹿二人にチョコレートあげてください。お願いします」
『女神にバレンタインのチョコレート要求してきた勇者は、あなたがはじめてなんですけど?』
「すいません。俺もはじめてです」
聖剣を使い、天界の女神にコンタクトを図る勇者。
女神は呆れながらも、『これも世界の平和のため』と自分に言い聞かせ、下界にチョコレートを贈った。
『もう、今回だけですからね?』
「すいません。ホントすいません」
「俺からもスイマセン。手間をかけさせて」
ぺこぺこと女神に頭を下げる勇者と盗賊。
そんな二人を他所に魔法使いと武闘家は――
「いやっほおおおおおおお! チョコレートだぁぁぁぁぁ!」
「我が生涯に一片の悔いなし!」
……まるで、魔王を倒したかのようなテンションで喜んでいた。
「ホント、スイマセン……」
『あなたも苦労してますね……』
アホ、二人に完全にドン引きである。
「って言うか、天界の食べ物って人間食べて大丈夫なんですか? 今さら思ったんですけど?」
「あぁ、大丈夫。原料はこっちの世界と同じだし」
『えぇ、ですが、あまりに邪な心の持ち主だと、魂が浄化されて昇天することもありますが』
「いや、大丈夫でしょ。その点は」
腐っても勇者パーティーに選ばれた二人だ。
言動がいかにクソでも、魂まで穢れてはいないはず……
「「ぎゃあああああああああああ!?」」
「「『うそぉぉぉぉぉぉ!?』」」
……どうやら魂レベルでダメだったようだ。
「ぐああああああ! 盗賊の幼馴染のシスターを、隙あらば寝取ろうとしたばっかりにぃぃぃぃぃ‼」
「ワシも、うっかりコケたフリして尻とか胸とか触ろうとしたばっかりにいいいいい!」
「おい」
邪悪でしょうもない企みを暴露しながら、二人の肉体は白い粒子となって、天へと召された……
こうして。勇者パーティーは崩壊したのだった。
おしまい☆
CAST
【勇者】……『ストイックなところがカッコいい』と巷で大人気。しかし、本人は魔王討伐で忙しいので、現状特定の相手はいない。
「この戦いが終わったら、嫁探しにでもいくか」とは本人談。
尚、魔王は頑張って倒した。
【盗賊】……勇者の相棒。貧しい孤児院出身で、経営の支えになるため、盗みに手を染めていたところを勇者にスカウト。仲間になる。幼馴染のシスター(スリーサイズ95/61/96)とは戦いが終わったら結婚する予定。
尚、魔王は気合で倒した。
【女神】……勇者の後継人的存在。勇者の頼みだったら「しゃあないやっちゃなぁ」的な感じで大体聞いてくれる。過去に敵対していた邪神と禁断の恋に落ちるも、立場の違いからやむを得ず封印した過去がある。スリーサイズは101/61/99
なお、作中のチョコレートは彼女の手作りである。
かつて、愛した存在が「おいしい」と言ってくれた、ほろ苦いビターな味わいである。
【武闘家】……バカその1。常に上半身裸で汗くさい。犠牲になったのだ。
【魔法使い】……バカその2。御年74歳のジジイ。犠牲になったのだ。
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