武闘家は勇者パーティーを追放されましたが、一切同情できません。

 とある国。

 魔王の侵略に対抗するため、王は勇者パーティーの派遣を決定。

 冒険者ギルドからは聖剣に選ばれた勇者が。

 教会からは神託を得た聖女が。

 国を代表する宮廷魔導士団からは賢者が。

 そして『武の名門』と名高き格闘道場からは武闘家が選ばれた。


 ――その男、齢15にして全ての格闘技を修め、20にして免許皆伝。

 30にして大陸一の拳士として名を轟かせた。

 だが、魔王討伐の旅が始まってから半年、彼は人生初の挫折を味わうことになる。


「武闘家、お前を追放する」

「な、なん……だと……?」


 勇者の非情な宣言に、愕然とする武闘家。

 聞けば、聖女と賢者も同意見だと言う。


「な、何故だ!? 何故、俺を追放するッ!?」

「使えないからだよ」


 理由を問う武闘家に対して、勇者は素っ気なく答える。


 武闘家は震えた。

 たしかに、自分は武一辺倒の男だ。拳を振るうしか能がない。

 しかし、それでも自分なりにこのパーティーに貢献してきたつもりだ。

 そんな武闘家に勇者はさらに続けて言う。


「あぁ、私物は置いていけよ? 今までパーティーに置いてやったんだから」

「き、貴様ぁ……!」


 さらには私物をも奪おうとする。最早、我慢の限界だった。

 しかし、相手は勇者だ。手を出してしまえば、自身を送り出した師や同門にまで迷惑をかけてしまう。

 ギリギリのところで己を律し、もっと詳しい説明を求める。


「そんな理由では納得できない! もっとちゃんとした理由を言ってくれ!」


 胃の中が煮えくり返りそうになりながら極めて冷静に言う武闘家。


(そうだ、こう言う時こそ、心を穏やかにするんだ……)


 そう、自身に言い聞かせながら、武闘家は冷静さを取り戻すため、とりあえず一杯飲もうと、おもむろに机の上に置いておいた一升瓶を手にし、一気にそれを飲み干す――


「いや、何してんの、お前!? させねぇよ!?」

「え? 嫌なことは酒で忘れようと……」

「そう言うところだからね!? 俺がお前を追放する理由は!」


 ……飲み干す前に、勇者は一升瓶を取り上げカットする。


 武闘家が追放される理由。

 それは彼の飲酒癖にあった。


 武闘家は全ての格闘技を修めていた。

 空手・ボクシング・少林寺、柔道・合気にテコンドー。果ては功夫・パンクラチオン。


 ――そして、酔拳ッ!


 酔拳。それは酔った動きで相手を翻弄する拳法だ。

 武闘家はこれまで、酔拳を駆使し、前線で戦ってきた。

 それには勇者も頼もしく思っていた。

 しかし、旅を続けているうちに、疑問が生まれた。


(……あれ? こいつ、酔拳しか使わなくね?)と。


 色んな武術を使えるはずなのに、酔拳オンリーだよね?

 って言うか、単に飲みたいだけだよね?

 そんな疑問が日に日に増していくも、世界を救うためだと敢えて言わなかった。


 だが、徐々に私生活の飲酒量まで増えていった。

 って言うか、年がら年中飲むようになった。


 そして、その結果……


「見事にアルコール依存症になりました」

「そ、そんなことはない! 俺は断じて、そんな自己管理が出来てない男ではない!」

「いや、まったくもってその通りだよ。だってお前、素面なのに手が震えてんじゃん」

「こ、これは怒りで震え……」

「ダウトです。その震え方は完全にアル中のそれです」


 薄っぺらい言い訳を聖女に論破され、さらに「あとこの間の健康診断の通知で肝臓がやばいと結果がでましたしね」と証拠まで提出。

 さらに賢者が逃げ道まで潰しにかかる。


「まぁ、ただ大酒飲みなのは仕方がないが、その酒代を経費で落とすのはいかんよな?」

「うっ!」


 勇者の活動経費は、みなさまの税金より支払われております。


「あと、この間、酔った勢いで立ち寄った村の村長さんのカツラもぎ取るし」

「ぐっ!」


 おかげで旅人の鍵を貰えず、仕方なく扉は賢者の『究極消失大魔法』で物理的に開けました。力技にもほどがあります。


「その前は、町中を『朕のチンを見ろ!』って叫んで全裸で走り回って衛兵の世話になるし」

「あー……!」


 あのまま、置いて帰ろうかと思いました。


「仕舞いには、王様の御前でリバースしくさる始末。もう庇いきれないよ!」

「あの時は、ホント、不敬罪で死刑を覚悟したよな……」

「……」


 王様が「酒のミスは誰にでもある。気にするな」と言ってくれなければ、確実に処刑コースでした。


 そんなこんなで、出るわ出るわ、酒絡みの失敗談。

 これは最早反論の余地がない。


「そう言う訳で、お前は今日限りで追放だ。代わりに病院行ってしばらく入院しろ」

「だ、だが、装備品を取り上げるのはやりすぎだろう!」


 至極真っ当な意見を言う勇者に武闘家は抗議する。

 そうだ。追放するにしても私物まで没収されるいわれはない。

 しかし、勇者は冷たかった。


「装備品て言ったって、全部酒じゃん」

「……はい」


 途端に声が小さくなった。


「お前、この酒の所為でどんだけアイテムボックス圧迫してるか分かってるか? それと……」


 そう言ってアイテムボックスから勇者が取り出したのは、たぬきの置物・薬局のカエルのマスコット・工事現場の人形の三点セットだった。

 全部、武闘家が勝手にパクってきたものである。


「酔っぱらって帰って来る度に、こんなもん持って返るな! 返してこい!」

「す、すいません……反省してます。ですから追放だけは……」

「いや、決定事項だから。その証拠にお前、怒られながらビール缶開けようとしてるじゃん」


 薄っぺらい反省に、勇者は容赦などしなかった。


「だ、だが、俺を追放したら前衛はどうなる!? 俺ほどの強くてイケメンの武闘家は早々、いないぞ!」

「自分にまで酔うなよ!」

「それに、俺はパーティーの盾役でもあるんだぞ!? この鋼のような肉体でお前らを護ってきたじゃないか‼」

「いや、シックスパックが立派なビール腹になってるけど?」

「あ、あと、えーっと……そうだ! 家事だって自分たちでやらなきゃならなくなる……」

「お前、酒のつまみしか作れないだろ! あと、ご飯作ってる時も、手伝いもせずビールかっ喰らってゴロゴロしてたし」


 往生際悪く縋りつく武闘家を、冷たく突き放す勇者。

 結局、追放は覆らなかった。


「ちくしょう! 飲まなきゃやってらんねぇ!」

「なに自然な流れで飲もうとしてんだ!? ダメだよ!? 医者から止められてんだから!」

「一杯だけ! 一杯だけでいいから‼」

「ダメに決まってんだろう!」


 なおも図々しく酒を飲もうとする武闘家を止める勇者一行。

 その時だった――



「勇者様の言う通りだ! 武闘家よ!」

「!? そ、その声は!?」



 不意にどこからか、聞きなれない声が響き渡り周囲を見渡すと、武闘家がパクってきた狸・カエル・作業員人形がカタカタと震えだしていたではないか。


「え? なにこれ? こわい? 心霊現象?」


 突然の怪奇現象に戸惑っていると、人形たちに徐々に亀裂が入り……


「この愚か者があああああ!」

「し、師匠!」


 狸の中から武闘家の師匠が!


「見損なったぞ!」

「あ、兄者!」


 カエルの中から兄弟子が!


「この流派の恥めっ!」

「お、弟弟子まで!」


 作業員の中から弟弟子が飛び出してきた!


「いや、どういうこと!?」

「いつから、そこにいたんでしょうか?」

「無論、最初からですじゃ!」


 そう言って師匠・兄弟子・弟弟子は勇者の前に跪く。


「勇者様! この度は我が門下生がご迷惑をお掛け致しました!」

「この罪は我々に償わせてください!」

「ここから先は我が流派全員が、勇者様の盾となり矛となりましょう! なぁ、みんな‼」

『応ッ‼』

「いや、どこから出てきてるの!?」


 弟弟子の呼びかけに従い、部屋のあちこちから現れる門下生たち。

 いったい、いつからそこにいたんだろうか?

 それは誰にも分からない。




「……と言う訳で、武闘家。お前の代わりは門下生のみなさんがボランティアとして協力してくれることになったから、大人しく追放されろ。そんで病院に行け」

「そ、そんな……うそだ……」


 詰んだ。勇者パーティーのメンバーとして完全に詰んだ。


「武闘家よ、貴様は破門じゃ」

「リハビリして、酒を抜き」

「シックスパックを取り戻すまで」

『帰って来るな!』

「そ、そんな……ご無体な……!」


 さらに門下生全員から破門宣告をくらい、遂に武闘家は膝をついた。

 ついでに心も折れた。

 しかし、武闘家は大人だった。

 こんな時はどうすればいいか、知っている。


 そうだ……


 嫌なことは酒でも飲んで忘れよう。

 そうして、武闘家は一升瓶を飲み干した。



「だから、飲むなって言ってるでしょうが!」

「うるへー! 飲まなきゃやってられないんだよぉぉぉぉぉ!」


 どうやら武闘家は「どうしようもないことが起きる=とりあえず飲もう」と刷り込みされているようだった。最早、ダメな大人である。


「うぃ~、生き返るぜ~」

「社会的には死にいってるんですけど?」

「こりゃ! 武闘家! 言うことを聞かんか!」

「仕方ない! こうなれば!」

「力ずくで!」

『止めましょう!』


 そう言ってその場にいた門下生たちは、500mlビールを飲み干した。


「いや、お前らも飲むんかい!」

「酔拳には酔拳ですじゃ!」

「それに」

「あれは」

『ノンアルです!』

「この卒業式みたいな喋り方やめろ!」


 かくして、門下生たちは武闘家を止めにかかった。

 しかし腐っても、勇者パーティーの一人。

 たちまち無双状態になってしまう。


『うわぁぁぁぁぁ!』


 木の葉のように蹴散らされる門下生たちを他所に、武闘家はハイボール片手に最高にハイッになる。


「ははははは! 俺の酔拳は最強だぁぁぁぁぁ!」


 だが……


「うっ!」

「え? どうしたの?」


 突如、武闘家が倒れ、ピクリとも動かなくなった。

 聖女が駆け寄り、診断する。その結果は……


「急性アルコール中毒ですね。あんなに飲んで激しく動くから」

『ですよねー』



 ……こうして、武闘家は追放され、即刻入院となった。


 魔王は勇者パーティー+門下生たちと言う数の暴力の前に屈し、世界は平和となった。



「とほほ……お酒はもうこりごりだよ……」

「反省しろ」



 ……ただ一人をのぞいて。






・CAST

 勇者……実は下戸。

 聖女……3サイズは88/60/87

 賢者……扉は壊すもの。

 師匠……うわばみ

 兄弟子……趣味は映画鑑賞。むろんNG集も見る。

 弟弟子……将来有望。

 門下生……いっぱいいる。





 武闘家……現在、リハビリ中。




 FIN

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