吟遊詩人を追放する! いや、だってさぁ……

「吟遊詩人! お前を追放するッ!」

「そんな!? なんでだよ!?」

「うるせぇ! お前が使えないからだよ!」

「どうした? 騒がしいな」

「こんな夜遅くにどうしたんですか?」


 野営中に言い合いになる勇者と吟遊詩人。

 そのただならぬ雰囲気に、薪拾いと食糧調達を終えて戻ってきた戦士と魔法使いは、言い合いになる二人の間に割って入った。


「とにかく落ち着け! 勇者よ、なぜ、吟遊詩人を追放するなどというんだ? 俺たちはこの四人で今までやってきたじゃないか」

「そうですよ。それに、彼がいなくなっては広報塔がいなくなっちゃうじゃないですか」


 時は勇者暗黒期。

 勇者と言う名誉職を笠に着た、数々の不祥事沙汰により各国は、勇者のバックアップを打ち切る方針に舵を切った。


 これにより、各勇者パーティーは堕ちた名声を自力で回復する羽目になった。

 ある者は一攫千金狙いで高難易度ダンジョンに挑み、ある者は地道にコツコツ、民間の信用を得るために労働に精を出し……

 そして、このパーティーは広告塔として、吟遊詩人を雇うことにしたのだが……


「だが、こいつには才能がない! 役立たずだ! こんな奴を雇っておくくらいなら、かわいい踊り子を雇うべきだ!」

「いや、それは無理だろう」

「僕らみたいなパーティーに入ってくれる女の子なんていませんよ」


 そもそも、そんな甲斐性があるなら吟遊詩人など入れず、真面目に僧侶を入れるだろう。

 まぁ、その場合も女僧侶ではなく野郎だろうけど。


「まぁ、話を戻しますけど、そう短気を起こさないでください。僕らみたいな面子はコツコツやりつつ、宣伝にも力を入れていかなきゃならないんですから」

「そうだな」

「じゃあ、お前、こいつの作った新しい歌聞いてみろよ! 絶対、俺と同意見になるわ!」


 そう言って、勇者は吟遊詩人に新作をお披露目要求。

 吟遊詩人は「わ、わかった」とキョドりながら、歌い始めた。


「それでは聞いてください――『我がパーティーの伝説』!」



『我がパーティーの伝説』

 作詞・作曲:吟遊詩人 歌:吟遊詩人


 乳首♪ 乳首♪ 乳首♪

 正義溢れる我が勇者♪

 光り輝く、乳首を胸に♪

 守るべき民の想いを背負い♪

 その乳首は岩を砕く♪

 嗚呼~嗚呼~勇者よ~立ち上がれ~♪

 輝く未来、切り開け~♪

(台詞)あ、乳首から毛が生えてるよ



「……どう、ですか?」

「殺すぞ」


 こ れ は ひ ど い。


 最早、唖然とするしかない魔法使い。

 なにが酷いって?

 ……言わないと駄目だろか?


「なんなんだよ!? 導入からの乳首押しは!?」

「い、インパクトは大事だろ!?」

「インパクトありすぎだろ! あと『光り輝く乳首を胸に』って、なに!? 乳首が胸にあるのは当たり前だし、それ以前に光り輝くわけねぇだろ!?」

「いや、語感が良かったから……」

「良くねぇよ!? よしんば良くっても、採用する訳ねぇだろ!? それに『その乳首は岩を砕く』ってなんだよ!? 俺の乳首、ドリルか‼ やろうとしたら確実にこっちが抉れるわ‼」

「いや、勇者なら乳首で岩を砕くくらいできry」

「訳ねぇだろ! あと乳首乳首連呼する所為で『立ち上がれ』が違う意味になるだろうが!」

「なんなら『勃ちあがれ』と書いても違和感ないですしね……」

「そ、そんなぁ……」

「あと最後の台詞! いらない! 絶対いらない! 文句なしにいらない!」


 ――もうこれ弁護出来ねぇわ。


 そう悟った魔法使いは吟遊詩人を追放する方向にシフトする。

 そりゃそうだ。乳首乳首連呼する歌を歌われた日には、パーティーの名誉など地に落ちるどころか、地面にめり込み、地獄に堕ちる。

 いったい彼は、何を思ってこんな曲を作ったのだろうか?

 クスリでもキメてたのか? 正気で作れる曲じゃないのは間違いない。


「吟遊詩人、流石にこれは弁護できませんよ……実家に戻って、家業を継いだ方がいいでしょう」

「そ、そんな魔法使いまで!」

「なんでそんなショック受けているんですか? 普通にフォローしてもらえると思うんですか? この歌で? 無理でしょ……」

「なぁ、吟遊詩人……なんか辛いことあったのか? こんな歌詞、正気じゃ書けないぞ? 病院にいこう? 治療費は出すからさ!」


 こんなんが受けるのは、小学生までだろう。

 ジト目で吟遊詩人を睨む魔法使い。

 それでも吟遊詩人は諦めが悪く、食い下がろうとした。


 ――その時だった。


「……見損なったぞ! 吟遊詩人ッッッ‼」


 ドンッ‼ と闘気を放ち、戦士が吠えた。


「え? なに? なんでマジギレしてんの?」


 自分よりもキレている戦士にビビる勇者。

 戦士はそんな勇者に気にも留めず、ただただ威圧的な目で吟遊詩人を睨みつけた。


「吟遊詩人……見損なったぞ……お前、まさかこんな歌を作るなんて……ッ‼」

「戦士……?」


 ただならぬ戦士の雰囲気に、戸惑う勇者と魔法使い。

 たしかにこの曲は酷いが、そこまでブチギレることはないだろう。


 ビビッて魔法使いを盾にする勇者と盾にされた魔法使いを他所に、戦士は肩と声を震わせ、吟遊詩人に問いかける。


「なぜだ……なぜ、こんな曲を作った!? これは――」




「我らが母校、第三毒の沼中央小学校の校歌のパクりではないかっっっっっ‼」

「「知らんがな!」」


 二人のツッコミがハモった。


「間違いない! この曲調は第三毒の沼中央小学校の校歌そのもの! 歌詞も所々変えているが基本そのままじゃないか! 吟遊詩人! お前は盗作と言うクリエイターとしての大罪を犯したんだぞ!? 分かっているのか!?」

「ごめん……実はスランプで……」

「だからと言ってパクリはダメだろう!」

「キミには分からないよ! 僕が毎回、どれだけ悩みながら曲を作っているかなんて――」

「だからパクっただと!? そんな言い訳が通用するか!」

「待て待て待て待て! なに二人で盛り上がってんの!?」


 言い争う二人に、置いてきぼり食らいそうになった勇者が、とりあえず待ったをかける。


「って言うか、第三毒の沼中央小学校!? なにそれ!? どこにあんだよ!? そんな学校!」

「第三毒の沼中央小学校――それは我らが故郷『ソノヘンノ村』の子供たちが通う小学校だ。名前の通り毒の沼の中央に位置する小島に建っている」

「なにを思って創設者はそんなところに小学校建てたんだよ!? 子供登下校の度に死ぬぞ!?」

「仕方ないだろう! 元々、廃墟と化した魔王城を安く譲り受けて開校したんだから」

「にしても立地!」

「まぁ、おかげでその学校の卒業生は毒に対する耐性が強くなるけどね」

「そりゃそうだろ!? だって耐性無かったら死ぬもん! そりゃ環境に適応しようと肉体も適応するわ!」


 そして『第三』と言うあたり、他に二つもあるのだろうか?

 疑問が尽きない。


「無理もありませんね。今は勇者暗黒期にして魔王飽和時代。魔王城なんてそこら中にありますからね。国の政策で空いた魔王城をそのまま再利用するようにしているんですよ」

「だからって毒の沼そのまんまかよ……子供通うんだぞ?」

「そこまで資金は回らないんですよ」


 世知辛い、あぁ世知辛い。世知辛い。

 どれだけ国を良くしようとも、お金がなければ世の中回らないのだ。


「……しかし、そんな母校も今、廃校の危機に瀕しています」

「なん……だと……!?」


 吟遊詩人の漏らした一言に、戦士が驚愕する。

 勇者たちは「むしろなんで今まで廃校にならなかったんだろう?」と疑問しか浮かばなかったが。


「過疎化が進み、年々、生徒が減少しており、このままでは廃校。生徒たちは『第二火山の頂上小学校』『第一氷の洞穴最深部小学校』『第五裏ダン最下層小学校』など、近場の小学校に吸収されかねません……」

「子供に対してスパルタすぎるだろ! 生徒殺す気!?」


 殺意高すぎな立地の小学校に戦慄する勇者。

 なにこれ世紀末?


「それで……無くなるなら、なんらかの形で思い出を残しておきたかったんだ……」

「そうだったのか……! 俺はそんなことも知らず……! くっ!」

「ゴメン、いい話で終わらせようとしているけど、これ世に出したら俺らも廃されるんだわ」


 そこらのガキどもに「やーい! 乳首勇者―!」などと指さされた日には引きこもりになる自信がある。最悪、世界を憎み、魔王になりかねない。


「……とにかく、どんな事情があろうとも、こんなん歌わせる訳にはいかん。もし納得できないならパーティーから出ていけ」

「分かった……出ていくよ……」

「なにぃ!? 待ってくれ! 勇者! 吟遊詩人にも事情があったのは分かったじゃないか!」

「事情が分かったけど、納得できんわ」

「たしかに……」


 ……そう言う訳で吟遊詩人は追放された。


 魔法使いはそりゃそうだと納得し、戦士もまた、最後まで反対しつつも、無念そうに追放に賛同した。


「すまん、吟遊詩人。俺は無力だ」

「仕方ないさ……僕は気にしてないよ……大丈夫、他の方法を考えるさ……」


 大切な友人に別れを告げ、吟遊詩人は去っていった。




 そして、月日は流れ……




「まさか、あの勇者パーティーの皆様が、わが校で講演会を開いて下さるとは」

「あははは、校長先生。もう少し、いい立地なかったんですか?」


 ソノヘンノ村・第三毒の沼中央小学校。

 無事魔王を倒した、勇者たちは本日、この学校で講演会を行うことになっていた。


「しかし、よく廃校を免れましたね」

「いや~在校生だったある有名動画配信者が多額の寄付を行ってくれたおかげでね、私も鼻高々ですよ」

「動画配信者?」

「はい、この人です」


 校長から渡された携帯霊板スマートモノリスに映された映像。

 そこに映っていたのは――


『乳首♪ 乳首♪ 乳首♪』

「やっぱりお前かい!」

「薄々予感はしていましたけどね」


 案の定、生き生きと歌う吟遊詩人の姿があった。


「いや~彼がわが校の校歌の替え歌を配信してくれるおかげで、希望者も殺到してるんですと」

「洗脳されてない? って言うか、保護者からクレームとかこない?」

「ふっ……夢を叶えたんだな、吟遊詩人」

「そしてお前は、何を言っているんだ?」


 空を見上げながら、爽やかに呟く戦士。

 彼は、今は遠くにいる友に想いを馳せるのだった。


「……ところで勇者様。岩をも貫いたという乳首についてですが――」

「殺すぞ」


 ついでに、この後誤解を解くのに多大な労力が掛かるのであった。

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