聖女を追放するらしいが、本当に悪いのは?


「聖女! お前を追放する!」

「何故です!? 勇者様! 私が何をしたというのですか!?」

「おいおい、どうしたんだよ!? なんの騒ぎだ!?」


 とある勇者パーティーにて。日課である鍛錬を終えた戦士が宿に戻ると、勇者と聖女が言い争いをしていた。

 剣悪な雰囲気に思わず割って入ると勇者が一方的に捲し立てる。


「聞いてくれ、戦士! 最近、聖女は足を引っ張ってばかりだ! このままではパーティーは落ちぶれる一方だ!」

「だからって追放することはないじゃないですか! 私は精いっぱいやってます!」

「まぁまぁ、落ち着けよ。二人とも。まずは話し合おう」


 こう言う時、間を取り持ってくれる賢者はフィールドワークで不在。

 仕方なく戦士は二人を宥めると、間に入って話し合いを行うことにした。


「――で、勇者。聖女が足を引っ張ってばかりと言うが、本当にそうか? 聖女はサポートの要だし、別段、足を引っ張ってるとは思えないが」


 加えて、最近流行の「真面目系クズ聖女」や「意識高いだけ系聖女」と言う訳でもない。

 パーティーの中でも真面目であり、家事も率先してやってくれるできた娘さんだ。


「だが、事実、こいつは俺の足を引っ張ってるんだぞ! 例えば、この間のドラゴンとの戦いでもそうだ!」

「そん時、ちゃんと回復してくれただろう?」


 炎に焼かれた直後、聖女が治癒法術を発動したことで事なきを得たが、あのままでは死んでいたはずだ。それを忘れたのだろうか?


「あぁ、確かにあの時回復してくれなければ危なかった。最悪死んでたかもしれない。だが……」


 そう言って勇者はおもむろに兜をとった。すると、そこから現れたのは……


「髪の毛まで直んなかった」


 チリチリになった勇者の頭髪だった。思わず吹きそうになった。


「なんでだよ!? なんで、戦士はちゃんと全回復してるのに、俺は髪の毛だけチリチリのまんまなんだよ!? ふざけんなよホント!?」

「そ、そいつは災難だったな……ww」

「笑ってんじゃねぇよ!」


 吹き出しそうになる戦士を怒鳴りつけ、勇者は激昂する。


「しかもその日を皮切りに、こいつの法術、日に日に精度下がってんだぞ!?」

「え? そうなの?」

「う……は、はい……実はそうなんです。何故か勇者様だけ、効果が下がってるんです」


 図星を突かれ、聖女は事実を認めた。


「先日なんて、敵の攻撃を防ぐ結界、俺のところだけ薄くてさぁ! 顔面直撃したんだぞ!?」

「あれは大爆笑だったよなぁww」

「笑うなよ!」


 だってあの時格好つけて「邪悪な魔物の攻撃なんて、俺たちの絆の前には通用しなry」って言ってる時に直撃したんだもん。笑った笑った。


「その次の沼渡るときだって“水上歩行”の法術使ったのに、俺だけ効き悪くて、途中で落とされたんだぞ!?」

「ワロスww」

「だから笑うなぁ!」


 さらに回復の方も制度は下がる一方らしい。

 最初は全回復するつもりが半回復済まされ、その次はポーションを頭からぶっかけられ、最終的には救急箱が落ちてきて頭直撃。

 なんだこれ? セルフサービスってか!?


「仕舞いには、足元に薬草が生えただけで終わったんだよ!? どうすりゃいいんだよ!?」

「そ、そんなこと言われましても……私だって、頑張って……」

「頑張って薬草ってなに!? だったら最初から普通に回復させてくれよ!」

「まぁまぁ、落ち着けよ勇者ww」

「だからなんで笑ってんだよ!?」

「薬草だけに、草生やしたんだよww」

「やかましいわ!」


 煽ってるのか宥めてるのか分からない戦士にキレる勇者。

 するとそこへ、賢者が戻ってきた。


「ほっほ~い、ただいまぁ~」

「あぁ、おかえり賢者。聞いてくれよww勇者が聖女を追放するって聞かないんだよww」

「笑いながら言ってんじゃねぇよ!」

「おいおい追放とは穏やかじゃないねぇ……どうしたのよ?」

「それがなぁ……」


 かくかくしかじかと事情を説明。

 すると賢者は「あ~……なるほどねぇ……そういうことかぁ……」と一人納得した。


「賢者さん、原因が分かったんですか!?」

「うん、大丈夫! 大体わかった、聖女ちゃんは悪くないよ。悪いのは……」


 そう言って賢者はビシッ! と勇者を指さし言った。


「悪いのは勇者! お前だ! お前が原因なんだよ!」

「な、なん……だと……!? どういうことだ! 説明しろ!? 僕のどこに原因があるんだ!?」

「そうだぞ、賢者。今の話の流れだと、聖女に原因があるんじゃないのか?」


 そもそも発端は聖女の能力の低下が原因だ。それなのになぜ、勇者に責任があるのか?

 問いただすと賢者は咳ばらいを一つして、真相を話始めた。


「そもそも聖女や僧侶が使う“法術”と、私たちが使う“回復魔術”って原理そのものが違うんだよねぇ」


曰く回復魔術は最低限度、医療の知識が必要になってくるらしい。


「ただの傷の手当だけでも消毒やら麻酔、体内に侵入した異物の除去・縫合の知識が必要になってくるんだよね。さらに上位になると専門的な知識と技術も必要になってくるんだよ。それでも普通に治療するより早いケドね」

「そういや俺の腕切断された時も時間かかったよな」

「そりゃそうだよ、大手術だもん。普通の医者だったらお手上げ状態だもん。仮に出来たとしても神経まで完全にくっつかなかったかもね。で、“法術”なんだけどこれは言わば“人知を超えた力”なんだよねぇ」


 神を信仰する清らかな心の持ち主が稀に覚醒することで行使可能な“法術”

 魔術よりも魔法に近いこの力はしかし、重大な落とし穴があった。


「法術ってのは信仰心ありきで発動する場合が多くてね、それは使い手側だけでなく他の対象にも影響してくることが最近判明したんだ」

「え? どういうこと?」

「要するに心根の悪い奴には効果が薄いってことさ」


 切欠はとある新興宗教“人魔教団”へ“女神教団”が異端審問官を派遣したことにより判明した。

 今までは「魔族=悪しき存在」という認識で人類からは敵認定されてきたのだが……


「人魔教団の教えは『人類との共存』だった。悪しき存在ではなかったんだ。そんな相手に異端審問官たちは大規模法術で殲滅を図ったんだけど、見事失敗したんだよね」


 彼らの村から離れた場所で大規模法術“煉獄”を使用しが、術としては不発。

 村の温度が僅かに上昇し「今日は暑いねぇ~」程度に終わったらしい。

 なんなら数名の体調が良くなったらしい。


 逆に使い手の異端審問官側では同席していたお偉いさんが突如、焼死するという事態に陥った。

 後々の捜査で判明したが、そのお偉いさん、裏でシャレにならない悪事を働いていたそうな。


「つまり法術って、術者と対象、双方の心の在り方次第で効果が変化するんだよねぇ」


 要するに普通に暮らしてれば、普通に恩恵が与えられるし、真っ当な人間にはそれ以上の効果を発揮する訳だ。そして悪人には報いが与えられるという……


「え? つまり……」

「お前が悪いんじゃんww」

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁ!? 俺は勇者だぞぉぉぉぉぉぉ!?」


 納得いかないと叫ぶ勇者。

 しかし、賢者はここぞとばかりに日頃の勇者の行動を指摘し始めた。


「だって勇者、魔王討伐に選ばれた時、国王からの援助にケチつけてたよね?」

「うっ! そ、それは仕方ないだろう!? だって与えられたのは50Gとやくそう三つ、それにひのきの棒だけだったんだし……」

「そりゃ仕方ないでしょ。実績のあるベテランならつゆ知らず、駆け出しのペーペーなんて最初はそんなもんだよ。貰えるだけマシだよ」

「お前、露骨に舌打ちしてたよなぁ」

「しかも勇者暗黒期の到来で、審査の目も厳しくなってますからね……」


 昨今、勇者の地位を利用し問題行動を起こす者が増えてきており、その為政府側の目が厳しくなってきている。


「しかも小声で『そんなに魔王倒したきゃ、兵士よこせよ』って悪態ついてたよね」

「馬鹿だなぁ、スカウトされたならともかく、たかが冒険者に国防の要の兵士預けられるかよ」

「ただでさえ、国も人手不足ですしね」

「そ、そんなこと言われたって……」


 ぶっちゃけ、一歩間違えれば不敬罪である。


「しかも『勇者支援団体』に所属してる民家以外からアイテム徴集したこともあったよね?」

「あ、アレは間違えて!」

「玄関にステッカー貼ってあるのに間違えるはずないでしょうが」

「しかも徴集したのは『あぶない水着』だったしなぁ……」

「危うく憲兵に捕まるところでしたよね……」


 勇者支援団体指定民家以外からの徴収行為は法律で禁止されてます。

 またアイテムの隠し場所は専用の壺・タンスを確認してから行いましょう。


「あと壺割った時、破片片づけないのもねぇ……」

「マナー違反だよなぁ」

「タンスも開けっ放しですしね」

「しかも、ものによっては文句言いますしね」

「馬の糞入ってた時には怒鳴ってたよな」

「あれは他人のフリしたかったなぁ」

「あと枯れ井戸に平気で入ろうとするのやめろよ。子供真似したらどうすんだよ」

「必死に許しをこう盗賊相手に延々『いいえ』を突きつけるのもどうかと思いますけど……」

「あと、仲間の装備を後回しにして自分だけ優先すんのもな」

「教会お布施ケチるのもアレですし……」


 ……結論、擁護できねぇ。


「なんだよ!? 俺は勇者だぞ!? それくらい多めに見てくれよ!」

「そう言う心構えに問題があるから、今回の事態を引き寄せてしまったんだろ」

「反省しろ! 反省!」

「う、うぐぅ……ちくしょう! もうみんな大っ嫌いだ‼」


 最早、勇者涙目である。

 結局、勇者がスネたせいで、追放云々は有耶無耶になってしまった。


 後日――


「ぐあぁぁぁぁぁ!?」

「あ、勇者がやられた」

「聖女回復よろ」

「あ、はい」


 すっかり扱いが軽くなった勇者を回復させるため聖女が法術を試行すると、突如、魔法陣が現れた。


「え? なにこれ!?」


 すると中から黒ずくめの男が現れ、こう言った。


「お前さんの怪我を治すなら1億Gで手を打とう」

「金とるの!?」

「え~……そんな大金ねぇよ」

「じゃ、いいです~」

「見捨てないでくれぇぇぇぇぇぇ!」


 結局、聖女の「お金は必ず払います!」という訴えに男は「その言葉が聞きたかった!」と承諾。

 神がかった腕で勇者を治療し、手術費を受け取らず去っていった。


 猛省し、改心した勇者が魔王討伐できたかどうかは……神のみぞ知る。



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