蟲使いを追放しましたが、後悔しても、もう遅い。
「蟲使い、復讐に来たのか……ッ!?」
侵入者を一目見て、勇者は聖剣を抜く。
「キミを追放したのは、僕にとっても不本意だった……キミなら分かってくれると思っていた……そう、思っていたのに!」
勇者は悲痛な表情を浮かべるも、侵入者は問答無用と迫りくる。
「――やるしかないのか!?」
戦いたくない。そんな思いを踏みにじるような非情な現実を前に勇者は聖剣を振りかぶり――
「……で? なにが起こったんですか? 勇者様」
「蟲使いが復讐に来たんだ……僕の部屋に刺客を放ち、寝込みを襲おうとした」
「で?」
「説得を試みたんだが、聞き入れてもらえなかった。だから、やむを得ず聖剣を使い――」
「で?」
「しかし、刺客を取り逃がしてしまった……気をつけろ、奴らはまだ屋敷の中にいる!」
「数は?」
「おそらく、90人だ。奴らは一人見たら三十人いる」
「一言良いですか?」
「なんだ?」
「馬鹿かテメェは?」
……壁に大きな穴を開け、項垂れる勇者を一蹴する商人。
最早、あきれてものも言えないと、蔑む視線を向けてため息を吐く。
その背後をカサカサと、黒光りする“刺客”が這いずり回っていた。
目にした瞬間、勇者は聖剣を素早く抜刀。斬りかかる。
「おのれ! 次の刺客か!」
「いい加減にしろ!」
瞬間、それを阻止せんとスパァンッ! と商人の算盤が唸りを上げたのだった。
……なんてことはない。
ゴキブリが出た。ただそれだけである。
「あんた、ゴキブリに聖剣使ったのかよ!?」
「その名を出すな! 奴らは蟲使いから送られてきた刺客だ! この間、追放されたことを恨んで、刺客を送り込んだんだ!」
「いや、蟲使い関係ねぇよ」
って言うか、責任転嫁甚だしいわ、と商人は額に手をあてため息を吐く。
数週間前、王国側から「騎士に就任したばかりの第三王女が勇者パーティーに合流する」と通知を受けた。
その際、「虫嫌いな王女に配慮すべき」と国のお偉方が暴走気味の人事を行ったせいで、蟲使いは追放処分を受けた。
だが、今回の件は完全に無関係だったりする。なんなら濡れ衣である。だって……
「だってこの家、掃除してねぇもん! そりゃゴキブリだって湧いて出るわ!」
勇者の部屋を見ただけでも、机に積み重なったカップ麺の容器にお菓子の食べかすだらけのベット。ゴミや洗濯物の散乱した床と不衛生極まりない。
率直に言うと汚部屋である。
「だから何度も『掃除しろ』って言ってたのに……」
「だって、勇者パーティーって忙しいんだもん……」
「言い訳すんな」
ちなみに原因の王女は現在、街へと聖女と共に買い物中である。
彼女が帰ってくるまでの間に早めに何とかしておかないといけないだろう。
「くっ……こんなことになるなら、王国からの指示に従わず、蟲使いを追放するんじゃなかった!」
「後悔しても、もう遅いわ」
「……今からでも戻ってきてくれないかなぁ?」
「無理だよ。あいつ今、実家の害虫駆除と養蜂で忙しいんだから」
「だったら適任じゃん。害虫駆除引き受けてくれないだろうか?」
「これくらいかかるよ?」
「え? こんなに?」
商人の渡したチラシを見ると、そこには勇者のおこづかいが軽く消し飛ぶお値段が書かれていた。
「かつての仲間と言うことでサービスとかは……?」
「……追放した側がそんなん言えると思いますか?」
「ですよねー」
後悔しても、もうおそい。
必要経費で捻出しようにも、今さっき勇者が壁に穴を開けてしまったので、修理費でそれも消えた。
「くっ……どうしてこうなったんだ!? なぜ、こんなことに……」
「あんたが蟲使いを追い出したから。それ以前に、整理整頓を心掛けなかったから」
「ですよねー」
後悔漬けの勇者を他所に商人は今後の事を考える。
生憎、殺虫剤も切らしている。
スリッパで潰そうにも、飛んできそうでなんかヤダ。
こうなったら男の面子を捨てて、女性陣に頼ろうと通信用の魔道具【
『すいません! 商人さん! 今、すべての勇者を虚構に還し、人類滅亡を企てる悪の秘密結社の操縦する悪夢を見せる列車を60分以内に止めないといけないので少し、時間がかかります!』
『お前らの勇者って醜くないか?』
『あ、首領格出てきた。じゃああとで』
……と言う訳で、無理でした。
どうしたことかと悩んでいる商人と勇者。
すると、再度、ヤツらが来た。しかも飛んで。
「ぎゃああああああ!? 来たああああああ!? く、来るなぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!?」
普段の威勢はどこへやら。恐慌状態に陥る勇者。
最早条件反射の域で聖剣を抜刀。商人が「あっ」と気づいた時にはもう手遅れで――
「……で、勇者様? この惨状はいったいなんですか?」
数時間後。勇者はゴキブリどころか、瓦礫の破片も残らない荒野と化した勇者宅のど真ん中で、聖女に説教されていた。
穢れなき乙女と思えないほどの形相で睨む聖女を前に勇者は「ぼそりと呟いた」
「こんな事なら蟲使いを追放しなければ良かった……」
「後悔しても、もう遅い!」
「ひでぶっ!?」
聖女が勇者に鉄槌を下したのを見て、王女と商人はこう思った。
「違うパーティーに行こう」
「そうしましょう」
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