幻術師は追放されましたが、残念ですがそれは……
「幻術師! お前はもう用済みだ! このパーティーから追放する!」
「そ、そんな! 僕は今まで――!」
「うるせぇ! 死ねぇ!」
「がはっ!」
とあるダンジョンの奥地にて、一つのパーティーの追放劇が行われていた。
いや、これは最早、追放などとは生ぬるい。
勇者は手にした聖剣で、幻術師を貫くとそのまま、奈落へと蹴り落とした。
「あばよ、役立たず」
闇の中へ消えていった幻術師を小ばかにし、勇者は清々したとばかりに高笑いをする。
「ははははは! これで、邪魔者はいなくなったぜ! これからが俺の伝説の始まりだ!」
そう、昔から勇者は幻術師が鬱陶しくて嫌いだった。
真面目で融通が利かない面白みのない人間。受けるクエストはどれも低レベルのものばかり。
自分がより高いクエストに挑もうとしても、口答えしてくる始末だ。
その癖、何故か周囲からの信頼も厚いのが余計に苛立たせる。
だから、殺した。自分は勇者だ。いかに今が勇者暗黒時代と言われていても、勇者と言う社会的地位は簡単には揺るがないのだから。
「やったぁ! 流石勇者様ぁ!」
「すごいわ、勇者様!」
そんな勇者にすり寄るのは幻術師の婚約者である聖女と義理の妹である武闘家だ。
二人は勇者の“魅了”のスキルにより、身も心も勇者の虜になっている。
思えば、幻術師などという地味な職業の癖に、二人も美少女を侍らせていたのも許せなかった。
だがそれも、今日で終わった。
今日から自分の華々しい躍進が幕を開けるのだ!
「ははははは! これで、パーティーは俺のものだ! 俺の伝説はここから始まるんだ!」
狂ったように笑う勇者。しかし……
「いや、ここで幕引きだ」
聞き覚えのある声がしたと同時に、腹部に激痛が走った。刺されたのだ。
「は?」
反撃しようとするも、毒でも塗ってあったのか、体がしびれ聖剣を取り落としてしまった。
それでもなんとか動こうとして振り向くと、そこには……
「お、お、お前は……」
「残念だよ、勇者。キミがこんなことをするなんて」
先ほど殺したはずの幻術師が、そこにいた。
同時に、聖女と武闘家の姿が陽炎のように揺らめき、消える。
「げ、幻術師、なんで、お前が……!?」
「最初から、キミの企みに気づいていたよ。だから、僕は幻術をかけて、キミを欺いていたんだ」
「そ、そんな……!?」
唖然とする勇者に幻術師が淡々と告げる。
気づいたきっかけは、聖女と武闘家。二人が“魅了”されていたことだ。
一流の幻術師である彼は、それをあっさりと解除し、逆に勇者に幻術をかけ、あたかも『二人を寝取った』かのように振る舞っていたわけだ。
「くっ! いったい、いつの間に……!?」
「いや、キミ、しょっちゅう【自家発電】してるから、その隙にいくらでも……」
「マジで!? ゴハァ!?」
まさかの発言に勇者、驚愕。同時に吐血。
いや、確かにしょっちゅう【自家発電】してたけど。
なんなら今朝もやってたけど。いくらなんでも、そんな時を狙わなくてもいいじゃないか!
「いや、普通に狙うわ。古来から使い古されてた手だわ」
情事の直後に毒針でプスリ。水分補給時に毒薬でコロリ。
ありふれた話である。
「しかもキミは、裏で勇者の地位を笠に着ていろいろやっていたみたいだね?」
「な!? そ、それは!?」
「しらばっくれるなよ? 証拠は既に揃っている。今頃、聖女と武闘家が冒険者ギルドに提出している頃だろうね」
だが、冒険者ギルドは彼を除籍にして終わりとはしなかった。
“勇者暗黒時代”と呼ばれるご時世に、少しでも勇者の悪行が世に公表されれば、冒険者ギルドの信用はガタ落ちだ。
故に、幻術師に依頼を申し込んだ。『犯罪者の討伐依頼』という形で。
「そ、そんな……僕は、勇者だぞ……!?」
「勇者なら勇者らしい行動を常に心がけろと、口が酸っぱくなるほど言ってたはずだよ? それを破ったのはキミじゃないか」
その結果が今の状況だ。
幻術師は再度ナイフを構え勇者の心臓を一突き。
そして、先ほどとは逆に勇者を奈落の底へと蹴り落とし――
「ゆ、勇者様! 大丈夫ですか!?」
「しっかりして、勇者様!」
「ハッ!?」
聖女と武闘家の二人にゆすられ、勇者の意識が覚醒する。
見れば、そこは先ほどの洞窟。手には血染めの聖剣が握られていた。
「お、俺はなにを……!?」
「勇者様、お気を確かに。勇者様は悪しき幻術師を正義の名の下に討伐なさったのでしょう?」
「あ、あぁ……」
そう言われて、勇者は今までの出来事が白昼夢だったのだと悟った。
「無理もないよ。いくら悪党だからって、仲間だったんだもん……やっぱり、ショックだよね?」
「あ、あぁ……心が痛むよ……」
心配する武闘家に勇者は一ミリも痛んでない心を痛めるフリをして、内心安堵する。
(あぁ……そうだ! 俺の“魅了”は完璧だったんだ! 幻術師如きに解けるハズがなかったんだ!)
それでもやはり、仲間を殺すことに罪悪感を抱いたんだろう。
だからあんな幻覚を見たんだ。
「よし! 宿屋に戻ったら、二人に慰めてもらおう!」
これで【自家発電】生活におさらばだ!
そうして、ルンルン気分で帰路に着こうとしたのだが……
「ガハハハハハ! ようやく見つけたぞ! 勇者よ!」
――振り向くと、そこには魔王がいた。
いや、魔王だけではない。四天王を始めとした主だった幹部が勢ぞろいしていた。
「な!? ま、魔王!? な、なぜここに!?」
「我に逆らおうとする愚かな勇者が近くにいると聞いてな……全勢力を以て、討伐しにきたのだ」
「本気過ぎない!?」
兎を狩るのに全力を出すタイプの魔王に、戦慄する勇者。
しかし、これは好機でもあった。
「ふ、ふん! まぁいいや! 魔王城に向かう手間が省けたんだ! 魔王よ! 貴様をここで聖剣の錆にしてやる!」
絶体絶命にも関わらず、自信ありげに聖剣を抜刀する勇者。だが、魔王はそんな勇者を一笑に付した。
「ふふふ……聖剣とはその棒切れの事か?」
「はぁ? なにを言ってるんだ? って……」
魔王の戯言だと聞き流そうとして、青ざめる。
なぜなら、魔王の言った通り、勇者の象徴である聖剣はいつの間にか、ひのきの棒に代わっていたからだ。
「ええええええ!? な、なんで!? どうして聖剣が棒に!?」
「くっくっくっ……かかったな勇者よ。貴様の聖剣など、貴様が【自家発電】中に宿屋に潜入した諜報員にすり替えさせたのだ」
「な、なんだとぉぉぉぉぉ!?」
って言うか、また【自家発電】中にやられたのかよ!?
愕然とする勇者を魔王は嘲笑う。
「哀れよのぉ、仲間の幻術師に解いてもらえば、すぐに分かるものを……貴様は己の欲望で自滅するのだ」
「あ、あぁ……そ、そんな……」
「さぁ、勇者よ! 最後の時だ! 我が軍の一斉攻撃を喰らい逝くがよい!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! 聖女! 武闘家! 助けてくれぇ!」
一斉掃射の構えを取る魔王軍から、必死に逃げようとする勇者。
しかし、肝心の仲間はと言うと……
「ごめんなさい勇者様! 私の力では二人分の防護壁しか貼れません!」
「ごめんね勇者。でも勇者なら耐えられるよね! だって勇者だもん!」
「お前らああああああ‼」
――既に防御壁を張り、攻撃に備えようとしていた。
「さぁ、勇者よ! これで終わりだ! 死ねい!」
「いやだぁぁぁぁぁぁぁ‼」
魔王の号令と共に発射された様々な魔法が勇者に襲い掛かる。
勇者はそのまま、直撃を喰らい、この世から塵も残さず消え去ったのだった。
「――勇者様! 勇者様! しっかりしてください!」
「んあ!?」
「大丈夫? 勇者様?」
「こ、ここは!?」
「『ここは!?』って酒場ですよ!? 今日はクエスト達成の打ち上げに来たんですよ?」
「あ、あぁ……そうだったっけ……」
辺りを見渡すと、そこは賑わう酒場。
そうだった。今日はクエスト達成の打ち上げで来たんだった。
「そ、そう言えば、幻術師と武闘家は? 姿が見えないが?」
「幻術師は飲み過ぎてしまって、今は部屋で寝てしまってますよ? 武闘家はその介抱です。ちゃんと言ったじゃないですか」
「あ、あぁ、そうだったな。俺も少し酔ってたみたいだよ」
「じゃあ、今日はお開きにしますか?」
「いやいや、夜はこれからだろう!」
そう言って勇者はジョッキを勢いよく飲み干す。
――そうだ、夜はこれからなんだ。
今夜、自分は、聖女と武闘家に“魅了”にかけ、彼女たちをものにするのだ。
その後、すぐに幻術師を始末し、聖剣の管理をキチンとすれば、先ほどの白昼夢のような展開にはならないだろう。
あいつの絶望する姿が見れなくなるのが残念だが、まぁ、これも自分の輝かしい未来のためだ。
内心、ほくそ笑み、勇者は“魅了”を使う準備にかかる。
すると、武闘家が戻ってきた。
「いや~、大変だったよ。お義兄ちゃんったら、トイレでゲーゲー吐いちゃって~」
「ご苦労様。あなたも好きなもの頼んでね?」
「そうだよ! 今日は俺のおごりだ! なんでも頼んでいいぞ!」
「は~い♪」
「じゃあ、私もなにか頼もうかしら?」
そう言って、二人がメニューを開こうとすると同時に、勇者は“魅了”のスキルを使う――
「てめぇぇぇぇぇ! 俺のチョコ喰いやがったなぁぁぁぁ!?」
「うぎゃん!?」
――寸前、背後から椅子が飛んできて、勇者の後頭部に命中した。
「勇者様!?」
「大丈夫!?」
「ぐっ……! 誰だ一体!?」
頭部から流血させながら、背後を見るとそこでは見るからにヤバそうな暗黒騎士と、見るからにガラの悪そうなあらくれ者が、睨みあっていた。
「てめぇ……もう許さねぇぞ……」
「ほう……許さなければどうすると言うのだ?」
「決まってるだろうが! ぶっ潰してやる!」
どうやら冒険者同士のいざこざらしい。
まったくもって迷惑なことだ。
「ちっ、雑魚どもが……少し、世の中の道理って言うものを分からせてやるか……」
周囲がどよめく中、勇者は立ち上がる。
争いを止めるためではない。ただ、勇者である自分に恥をかかせた連中を叩きのめし、勇者の意向を誇示するために。
加えて“魅了”を使用する邪魔をされたのもある。
そう思い、聖剣を抜き、二人の間に割って入る。
「てめぇら! 勇者であるこの俺の前で喧嘩なんぞ――」
「砕ッ!」
「ふぇ!?」
しかし、あらくれ者の拳一発で聖剣は砕かれてしまった。
「あぁぁぁぁぁぁ!? せ、聖剣がぁぁぁぁぁぁぁ‼」
さらに――
「ふん! 甘い!」
「ぎゃああああああ!?」
カウンター気味に放たれた暗黒騎士の衝撃波に巻き込まれ、勇者は吹き飛ばされる。
もちろん、衣服も吹き飛んだ。
「ひでぶ!?」
「きゃああああああ‼ 勇者様の【ご子息】がああああああ!」
「……お義兄ちゃんのより小さいです」
全裸で吹き飛ばされ、ポロリしてしまった勇者を他所に、あらくれ者と暗黒騎士の喧嘩はヒートアップする。
あらくれ者の手刀が振るわれ、テーブルが切り裂かれる。
対して暗黒騎士の片手から暗黒邪竜の波動が放たれ壁が吹き飛ぶ。
それに巻き込まれ、勇者はされるがままになる。
「うぎゃあああああああ‼」
果ては二人の放った闘気の波動に挟まれ悲鳴を上げる勇者。
――なんなんだよ、こいつら!? 雑魚冒険者じゃねぇのかよ!?
すると周囲のやじ馬が、二人の素性に気づいた。
「あ、あのあらくれ者! たしかレベル499のAランク冒険者、ガラワル・ソーじゃねぇか!」
「それに、あの暗黒騎士はレベル550のAランク冒険者、チューニ・ソーウル! まさか、あの二人の戦闘が見れるなんて!」
――れ、レベル499と550だとぉ!?
時は勇者暗黒時代。
勇者と言う特権階級に胡坐をかき、好き勝手する連中が増え続ける時代。
そんな時代を乗り越えるため、現在、冒険者たちのレベルの大型化が進んでいる。
冒険者ギルドなんかあてにならない。自己防衛しないと。
そう言わんばかりに、昨今では冒険者のレベル100超え、1000越えは当たり前となっていた。
中には万越え・億越えという怪物も蠢いている。
対して、この勇者のレベルは45。
一般人と比べれば確かに高いが、現在の冒険者業界ではあまりに貧弱すぎる。
しかし、この二人、一体なにが原因で争いになったのか?
二人とも高レベルの冒険者。おそらく、その原因も一介の冒険者には想像もつかないものなのかもしれない。
「てめぇ! よくも俺のチョコを喰いやがったなぁぁぁぁぁぁ!?」
「貴様こそ! 我がプリンをぉぉぉぉぉぉ!」
……訂正。存外、低レベルな理由だった。
「チョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコォォォォォ‼」
「Puddiiiiiiiiiiiiiing‼」
「ぎょぉええええええええええ‼」
争いはヒートアップし、巻き込まれた勇者はもはや見るに堪えない状態になっている。
そして……
「これでしまいだチューニ! チョォォォォォコォォォォォハメ破あぁぁぁぁぁぁぁ!」
「死ね! ガラワル! プリン天衝ぉぉぉぉぉ!」
「ぎゃああああああああああ!?」
お互いの必殺技の打ち合いにより、酒場は崩壊。
当然、巻き込まれた勇者もまた、無事では済まなかった――!
――どうして、こうなってしまったのだろう?
薄れゆく意識の中、勇者は思う。
自分はただ、勇者として良い思いをしたかっただけなのに……
そんな下種な思いと共に勇者の肉体は塵と消えた。
「う……うああああああ……助けてくれ……」
「試験官、やはり、この勇者は不合格でよろしいでしょうか?」
「あぁ。そうしてくれ」
グランアステリア王国・冒険省本部。
勇者認定試験の会場にて、筆記テストの答案を前にうなされる勇者“候補”に対し、試験管こと幻術師は冷徹に判断を下した。
「じゃあ、お義兄――じゃなくて試験官、この冒険者は退室させていい?」
武闘家が尋ねると幻術師は「あぁ……」と返答する。
「しかし、この答案用紙、すごいですね。ぱっと見は普通なのに……」
「だが、実際には違う。人格・性格に問題のある人間が答案を目にすると、催眠がかかる仕組みだ」
「これで、少しでも勇者暗黒時代の終末が早まれば良いのですが……」
魔王増加に伴う、勇者の増加。
それにより到来した勇者暗黒時代に終止符を打とうと、国は新たな組織を生み出した。それが“勇者省”
そこでは勇者を召喚や信託に頼らず、実力・人格で選抜するシステムを考案した。
今回の認定試験はその記念すべき第一回である。
実技ではSランク冒険者や各地の魔王軍より引き抜いた選りすぐりの実力者が担当。
そして、筆記ではこの幻術師が作成した特殊な術式を用いた答案用紙だ。
「この答案にはその者の悪意や邪心に反応して、回答者に催眠がかかるようになっている。その度合いが強ければ強いほど、恐ろしい悪夢を見せられる仕組みだ」
既に、他にも何人か催眠にかかっている者もいる。
そういった連中は退室の上、余罪がないか、後日。詳しく調査する仕組みだ。
「しかし、試験官、流石にやりすぎでは?」
催眠にかかっている受験者の中には、恐怖のあまり失禁・失神するものは勿論の事、中には髪が抜け始める者もいた。
だが、幻術師は冷徹に言い放つ。
「――仮にも勇者ならこの程度の幻覚跳ねのけてもらわねば、困る。それができない以上、こいつらは勇者の資格はない」
厳格に言い放つと同時に、試験終了の鐘がなる。
悪夢も、もうじき覚めるだろう。
都合のいい妄想を巡らせていた勇者候補たちは白紙の答案と言う現実と相対する。
そう思い、幻術師たちは会場を後にするのだった。
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