追放される商人ですが、俺……なんか……やっちゃいました……


 ――まずい……まずい……これはまずい……


「や、殺っちまった……‼」


 血のついた灰皿をその場に落とし、商人は我に返る。

 とある勇者パーティーのパーティーハウスの一室。

 商人の目の前に倒れているのは、聖剣に選ばれ魔王を倒す使命を帯びた勇者。

 いや、“だったもの”と言うべきだろう。


 きっかけは些細なこと。

 旅を続けるにつれ増長し金遣いの荒くなった勇者に苦言を申し出たところ、追放宣言を受けたことが切欠だった。


「お前は勇者パーティーなのに金にがめつい」

「お前のような欲深な奴は勇者パーティーに相応しくない」

「だから今日限りで追放だ」


 日頃の言動を棚に上げ、商人を罵倒する勇者に堪忍袋の緒が切れた。

 自分は国王から直々に勇者パーティーの財政管理を任された身だ。それに旅の資金は国民の税金から賄われている。

 断じて娼館やギャンブルに浪費するための資金じゃない。

 憤怒に支配された商人は灰皿を手に取ると勇者の後頭部に振り下ろし――

 気づいた時には勇者は倒れ伏していた。


「まさかこんな時に会心の一撃を出しちまうなんて……」


 商人は知らなかった。

 過酷な魔王討伐の旅の中で自身の身体能力が鍛え上げられていったことに。

 しかし、その事実に気づかないまま商人は頭を抱える。

 このままでは身の破滅だ。

 なんせ魔王を倒すべき勇者を殺害してしまったのだ。

 バレたら自分どころか、一族全員処刑されてしまう。

 なんとかしなければ……!


 すぐに床についた血をふき取り、処分すべき灰皿をリュックに入れる。

 問題は勇者(死体)である。


(解体して井戸に捨てるか? それとも、山中に埋めるか? ダメだ、リスクが高すぎる!)


 死体の始末について頭を悩ませていたその時だった――


「勇者勇者勇者! やったぜ! ついにやったぜ!」

「うぉぉぉぉぉぉ!?」


 扉をバーンッ! と開けて、入ってきたのは武闘家だった。

 普段からわんぱく坊主をそのまま大人にしたような人物だが、今日はいつにも増してテンションが高い。


「お!? 商人お前もいたのか!?」

「きゅ、急にドア開けるなよ!? ビックリしたぞ!?」

「おう! 悪い! 実は遂に最終奥義が完成したから見せたくってよ‼」

「そ、そうなんだ……(ヤバい、勇者まだ床に倒れたままだ……)」

「ん? 勇者、寝てんのか? ダメだぞちゃんとベッドで寝てないと、風邪ひくぞ?」

(馬鹿で良かった!)


 倒れた勇者(返事がない)をベッドに寝かせ、布団を掛けてあげる武闘家を見ながら商人は内心、穏やかではなかった。


(どうしよう……人に見られた……こいつも殺すか? ……無理だなぁ……)


 武闘家は強い。多分パーティー最強だ。

 この間、大陸の新兵器である銃で胸を撃たれても――


「くっ! 大胸筋を鍛えてなかったら死んでたぜ!」


 ――ほぼノーダメージだった。


 故にいくら勇者を殺せてもこいつは無理だ。

 また運よく会心の一撃が出たとしても、HPが残る可能性の方が高い。

 そもそも灰皿の方が砕けかねない。


(まぁ、こいつ馬鹿だし、なんとか口八丁で丸め込んでごまかそう……)


 そう考えた商人は適当に話題を出し、帰ってもらうことにした。


「で、奥義ってなに?」

「あぁ! 実は俺の兄弟子から教わった究極奥義を遂に習得できたんだ! で、それを見てもらいたくてよぉ!」

「へ、へ~、そうなんだぁ……」

「けど勇者寝てるしなぁ……そうだ! 商人! お前見てくれよ!」

「え? 俺!? い、いいよ、明日、皆に見てもらえば?」

「かたい事言うなよ! 俺は今、見てほしいんだ……」

「そ、そうなんだ……じゃあ、見せてもらおうかな……?」


 そう言って商人は武闘家の最終奥義とやらを見せてもらうことになった。


「危ないから壁際に立っててくれ! 下手したら部屋壊れちまうかもしんないし!」

「え? じゃあ、外でやろうよ!?」

「いやだよ! 雨降ってるし!」

「部屋壊される方が嫌だよ!?」


 ちなみにこのパーティーハウスは商人の私物である。

 勇者に無理矢理買わされたものだ。


「いくぜぇぇぇぇぇぇ! はぁぁぁぁぁぁ‼」


 商人の抗議に耳も貸さず、早速奥義の準備をする武道家。

 すると……


「痛てぇ……おい、テメェ、商人、こんな事してタダで済むと思ってんのか!?」

「!? ゆ、勇者! 生きていたのか!?」


 どうやらギリギリHPが残っていたらしい。

 復活した勇者(なんとか無事)がベッドから起き上がり、ヨロヨロと歩きながら、商人に詰め寄ってきた。が……


「あ! 勇者! 危ない‼」

「あぁん?」


 不機嫌そうに武闘家の方を向いたその瞬間、武闘家の掌から極太のビームが発射。


「ぎゃああああああああああ!?」

「勇者あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ちょうど射線上にいた勇者(瀕死)は直撃を受けてしまった。

 その威力はすさまじく、勇者(残HP一桁)は吹き飛び、壁は全壊。余波で武闘家は全裸になった。


「ゆ、勇者ぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 吹き飛んだ勇者(三途の川手前)はそのまま、地面に叩きつけられてもなお吹き飛び、岩に三回激突してもなお、止まることなく、壁に叩きつけられようやく止まった。

 ……当然、勇者(状態:しに)の生命活動も停止した。


「やっちゃった☆」

「やっちゃった☆じゃねぇよぉぉぉぉぉ!?」


 なんてことだ!

 せっかく生きていたと思ったら、今度こそ、確実に、死んでしまった‼


「どうすんだよ、おい! これ! 勇者死んじゃったじゃん!?」

「仕方ない。奥義は急に止まれない」

「車は急に止まれないみたいに言ってんじゃないよ!? そして、なんで全裸!?」

「それだけ余波がすごかったんだ」

「パンツまで破けてるじゃん! 股間隠せよ!」


【男のドライバー】を隠さずに堂々としている武闘家に商人はツッコミ、こうなっては仕方がないと“ある人物”の下へ急ぐのであった。




「なるほど……それで、私の下に……大変なことをしてくださいましたね? 商人さん?」

「はい……怒りに身を任せ、俺はなんてことを……」

「反省してるならもういい! 次から気をつけろよ?」

「なんでお前から言われなきゃならねぇんだよ!? お前も殺したも同然なのに!?」


 勇者(屍)を回収し、最後の希望を求め、縋ったのは聖女だった。

 彼女の持つ蘇生の奇跡を使って、勇者を生き返らせてもらおうと言う魂胆である。

 むしろ、最初からこれすればよかった。


「しかし、勇者様にも困ったものですね。自分は働かないくせに一番働いてる商人さんを追放するなんて……いっそこのままの方が幸せなんじゃ……」

「聖女さん? 聖女にあるまじき暴言吐いてますよ?」

「ジョークです。ブラックジョーク。それじゃちゃちゃっと復活させましょう」


「そんな簡単にいくのか?」と言う商人の疑問に反し、聖女の蘇生はうまくいった。

 体を光に包まれた勇者(死んでる)の身体は健康体に戻り、顔色も生気を取り戻した。


「うっ……お、俺は……」

「ゆ、勇者!」

「どうやら無事蘇ったようだな」

「!? なんでお前全裸なの!?」

「いろいろあった」

「……ほんとにな」


 まだ意識のはっきりしない勇者(復活)はよろよろと起き上がる。


「そうだ――商人! てめぇ、勇者である俺を殺そうとしやがって!」

「ご、ごめん‼ それは……」

「まぁまぁ勇者様、落ち着いて」

「落ち着いてられるか!」


 いままでの仕打ちを思い出した勇者が商人に詰め寄る。それを止めようと聖女が割って入ったその時だった。


 むにゅ。


「「あ」」


 なんと勇者(ラッキースケベ)の手が聖女の豊満な胸に当たってしまった。

 いや、当たったというより掴んだと言う方がいいだろう。

 なんとうらやましいことか。

 しかし、それは地獄への片道切符だった。


「死ね!」

「おぎゃん!?」


 養豚所の豚でも見る目をした聖女の取り出したメイスが、勇者(おっぱい掴んだまま)の側頭部を直撃。

 ゴキッといやな音を立て、空中をギュルルルルルン!と回転し勇者(痛恨の一撃)は再び床に倒れた。


 勇者死亡確定!

 死因:おっぱい


「ってなにしてんのぉぉぉぉぉぉ!?」

「だってセクハラかましてくれたからつい……」

「ついじゃないよ!? せっかく蘇生させたのに‼ 早くもう一度蘇生して‼」

「ダメだ! 完全に首の骨が折れてる! 頭も陥没してる‼ これじゃ蘇生は無理だ!」

「うそーん‼」


 終わった。

 完璧に終わった。

 最早人類の希望は儚く散った。


「ど、どうしよう……俺たちこれからどうすれば……」

「いえ、大丈夫です。まだ手はあります」

「はぁ!? もう勇者蘇生できないのに!?」

「えぇ、こうなったら奥の手を使わざるを得ないでしょう」

「お、奥の手、だと……!?」




「――と、言う訳で魔王様。こちら、勇者の首級でございます」

「うむ。たしかに、勇者だな」

「……これで私たちと家族の身の安全を確保していただけるでしょうか?」

「うむ、お主らの立場故、要職には就けることはできぬが、最低限の生活の保障はしよう」

「はっ、ありがたき幸せ」

「幸せじゃねぇよ!? なにしてんのあんた!?」


 スパーンと聖女の頭を叩き、大音量でツッコミを入れる商人。

 そうここは魔王城。

 聖女の奥の手とは勇者の死体を手土産に、魔王国へと亡命することであった。


「仕方ないでしょう。勇者殺しちゃったら魔王軍しか行くところがないんだから」

「だからって、これはねぇよ! 俺ら完全に悪人じゃん!」


 もうこれ完全に後戻りできないじゃん!

 商人は頭を抱えてその場にうずくまる。

 しかし、聖女は慈愛に満ちた表情でつぶやき始めた。


「大丈夫ですよ。勇者様が死んだら、人類は敗北必須。そうすれば和平案も提示されるし、教会の方も評判がガタ落ち、その責任は戦争助長派に被せられるから、少しは腐った膿も絞り出せるでしょう。その後はあなたが戦地復興に努めれば、罪は許されるでしょう。だから安心してください」

「何一つ安心できないよ!?」


 聖女のお腹の中は実に真っ黒であった。

 これは後に聞いた話だが、彼女自身は戦争反対派で戦争を助長させる勇者をなんとかしようと画策していた時に今回の事件が起こった訳で、渡りに船と言う感じに便乗させてもらったそうだ。


「無理して戦地を制圧して改宗を行うよりは、普通に友好関係築いて布教活動した方が建設的なんですよねぇ」とは本人談だ。


 こうして勇者を殺した商人は罪を償うため、各地の戦災地を回り、復興させていくのであるが、それはまた別の話である。


「ところで、そこの武闘家は何故に裸なのだ?」

「お前まだ裸だったの!?」

「てへ☆」


 あと武闘家は普通に捕まったがまた別の話である。

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