追放された遊び人は転職して戻ってきました。だがしかしッ!


「すまない、遊び人。キミを追放する」

「そ、そんな……なんで……」

「魔王の侵攻が思ったより早くてな……キミが賢者に転職するまで待てなくなったんだ」

「そ、そんな理由で……」

「だが、これもキミの為なんだ! 賢者になれない今、大事な仲間をむざむざ危険な戦場に送る訳にはいかない! 頼む! パーティーから出て行ってくれ!」

「ッ……!」


 遊び人などと言うふざけた職業の自分に真摯に謝罪する勇者になにも言えなくなった。

 それよりも自分が情けなく感じ、遊び人は項垂れたまま、パーティーを去っていった。


「良かったのですか? 彼を追放して……」

「あぁ……」

「彼が賢者になるための修行をしていたのを、知っていたのに?」

「……あぁ、恨まれても仕方ないよ。だけど、にわか仕込みで勝てる相手ではないのはしっているだろう?」


 この世界に数多く存在する魔王の中でも自分たちが戦うのは生粋の過激派。

 戦いを挑んだ名だたる勇者たちは全員八つ裂き。王都に叩き返される中、残った勇者は自分たちだけ。

 せめて多彩な魔術を操れる賢者がいれば、なんとかなるかもしれない。そう思って賢者に転職できる遊び人を仲間にしたのだが、レベリングが間に合わなかった。

 故に犠牲を減らすために彼を追放したのだ。


「遊び人には生きて戻ってきたら謝罪するさ……生きて戻ってきたら、な……」


 覚悟を決めた勇者。

 そんな彼を聖女は悲し気に見つめるのだった。


 そして、決戦の日。


 魔王軍の四天王を辛くも倒したものの、勇者たちは魔王の呼び出した大群に囲まれていた。

 満身創痍。聖剣も折れ、鎧も砕け、魔力もない。それでも負ける訳にはいかない!

 己を振り立たせ軍勢に挑もうとしたその時、彼は帰ってきた!


「お前は遊び人!」


 そう。かつて、遊び人と呼ばれた少年は通常の方法では間に合わないと悟ると、命の危険すら省みず血の滲むような努力を重ね、見事転職を果たしたのだ!


 遊び人と呼ばれた少年は単身、魔王軍の前に飛び出し攻撃を始めた。


 手にしたクナイで敵を斬りつけ、手裏剣で遠くの敵を射抜き、影となりて縦横無尽に戦場を駆け巡る!


「うん! これ忍者だ!」


 そう。遊び人は転職を果たした。

 しかしそれは叡智を司る賢者ではなく、闇に生きる忍者だったのだ。


「おいいいいいい! あいつ、なにに転職してんだ!?」

「お待たせいたした勇者殿! 拙者、無事転職を終え、恥ずかしながら帰ってきたでゴザル!」

「拙者!? ゴザル!? もう、完全に忍者じゃん! 遊び人の面影ゼロだよ!?」

「いえ、勇者様! 一応“にん”とついてますから、ゼロと言う訳では!」

「そうだな。それに“賢者”と“忍者”たった一文字違いだしな」

「たった一文字違うだけでまったくの別物になってるよ?」


 聖女と武闘家がフォローをするもそんなのなんの慰めにもならない。

 いかに俊敏に動けても、この大群相手。賢者の強みである広域魔法がなければ――


「喰らえ! 忍法・火遁“灼熱地獄ヘルインフェルノ!」

「ぐああああああ!」

「水遁“大津波ダイタルウェイブ!」

「ぎゃあああああ!」

「土遁“大地崩壊グランデス・ビックバンッ!」

「ぎょえええええ!」


 ――なくても大丈夫だった。


「なんでだぁぁぁぁぁぁ!? あれ忍法じゃなくて魔法! なんで忍者が賢者顔負けの魔法使えてんだ!?」

「どうやら忍ばない方の忍者だったみたいだな」


 なにはともあれ、無事殲滅を完了。

 魔王軍は崩壊した。


「さぁ、残るは魔王のみでゴザル! 御屋形様! いざ参られよう!」

「誰が御屋形様だ!?」


 しかし、快進撃もここまでであった。

 最後に控えた魔王の圧倒的強さを前に、勇者パーティーは再び窮地に立たされる。


「くっ……これが魔王……」

「なんて強さなんだ……」

「このままでは……」

「殿! ここは拙者にお任せくだされ!」

「誰が殿だ! 呼び方一つに統一しろ!」


 勇者のツッコミをいなし、遊び人改め忍者は複雑怪奇な印を結び始める。


「な、なにをする気だ」

「ふふふ……拙者、忍者の修行の傍らで賢者の修行もこなしていたのでゴザル! しかし、経験値が足りず今まで転職ができなかった。だが――」

「そうか、魔王軍を倒したからその経験値で今度こそ賢者にクラスチェンジするのか!」

「左様! いくでゴザル! 忍法・秘伝“転職の術”!」


 すると、忍者の足元に魔法陣が展開。

 眩き光に包まれ、忍者はその姿を変えた。


「あ、あれは――!」

「忍者なのか!?」


 光が晴れ、賢者へと姿を変えた忍者が姿を現した。


「ウホオオオオオオ‼」


 黒い体毛に覆われ、厚い胸板を手のひらでドラミングするその姿、まさに賢者――

 注:ゴリラはドラミングをグーではなくパーで行います。


「いや賢者は賢者でも森の賢者ぁぁぁぁぁぁ!」


 そう。忍者が転職を果たしたのは森の賢者こと“ゴリラ”であった。


「ウホ! ウホホ! ウホッ!」(さぁ、来い魔王! 僕が相手だ!)

「いや、ウホウホ言ってて分かんないんだけど!?」

「ウホ! ウホウホウホ! ウホッ!」(僕の仲間には手を出させない! 絶対に世界をお前に渡すものか!)


 そう言って大胆にも魔王に立ち向かう忍者改めゴリラ。

 その胆力、とても神経質なゴリラとは思えない。


「そうか。奴は最初忍者に転職したことでメンタルがハンパなく鍛えられたのか!」

「それを考えての転職だったのですね!」

「多分、違うと思う」


 ちなみにゴリラは全員B型だと言うが、厳密には違う。

 ゴリラの中でも数の多いニシローランドゴリラがすべてB型なだけなのだ。

 ヒガシローランドゴリラはO型とB型。

 マウンテンゴリラにいたってはO型とA型だけでB型はいないのである。


 閑話休題。

 とにかく、ゴリラは果敢に魔王に挑んだ。

 魔王が召喚した悪霊の群れを指パッチンで消し去ったり、魔王の火炎魔法を杖を振り回して消し去ったり、二トンもの腕力で肉弾戦を挑んだりと、死闘を演じ追い詰める。


「く……見事だ、忍者……いや、ゴリラ? とにかく余を追い詰めたのは褒めてやる。だが、貴様はこれに耐えられるかな?」


 そう言って、魔王が取り出したのは――


「ほれ、バナナだ。所詮はエテ公。食欲には逆らえまい」

「想像以上に舐められてる!」


 おやつに持ってきたバナナをチラつかせ服従を迫る魔王。

 しかし、ゴリラはバナナに目をくれず、魔王にアイアンクロ―を炸裂させた。


「ぎゃあああああ! なんでぇぇぇぇぇ!?」

「ウホッ!」(そんなもので釣られる訳ないだろう!)

「そもそも野生のゴリラはバナナあんまり食べませんしね」

「セロリやタケノコなど、繊維質が多い植物を好んでたべるよな」


 こうして五○○kgを誇る握力を身体魔法で強化されたアイアンクロ―の前に魔王は降参。

 世界は救われたのだった。


「いや、これでいいのか? ホントに?」

「ウホ!」(終わり良ければ総て良しです! 勇者様!)


 ちなみに勇者はこの後、ゴリラを元の遊び人に戻すために新大陸に旅立ったのだが、それはまた別の話である。

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