第456話有罪推定の原則

「ぷっ、ふは、はははははっ。なんだこりゃ」


 軍紀から送られた動画を見た間宮が思わず笑ってしまう。そこには元動画のあからさまに自分のち〇ぽを触った手で回転している寿司を触っている若者の顔が間宮の顔にすり替えられた映像が。



「ディープフェイクってのをね」


「え?あのAVとかの動画の女優さんの顔だけをアイドルの顔にすげかえるとかのあれなりですか?」


「そう。パソコンでも今は結構いじれるレベルのアプリがあるんだよね。フェイクフェイス動画っていうのかな。まあ、こういうのって人権侵害で訴えられるレベルのことだし。肖像権侵害や名誉棄損で訴えられるからね。普通ならね」


「へ?へ?へ?」


「まあまあ。いいじゃない。ほらほら、現役JKにちやほやされてるんだから。このチャンスを逃さない」



「はははははははははっはっはっはっはっはあー。笑えねえけど笑えるわ」


 間宮が自分の映った動画を何度も再生する。


「おい。間宮ぁ。なに笑ってんだよ。どうすんだよ。この件はよお」


「え?んなことより軍紀もこの動画見たの?」


「あ?おう。見たよ」


「笑えない?」


「笑えねえよ。つうかこれってアメリカとかで問題になってるフェイク動画じゃねえのか。大統領の顔をすげかえて問題になったとかよお」


「だね。こんなこと出来る人間はあの人しかいねえよ」


「あ?あの人?」


「ああ。こっちの話。でもこりゃうめえわ。最高の答えだよ。うん。満点の回答じゃね。これを向こう側も持ってるってことは元動画も出せねえ。出したらこいつも出される。そうすればどっちが本物だって話になるよね。そもそもその時点で論点がずれる」


 これは飯塚の賭けでもあった。この企業を強請りにきた相手のバックがこの時点で間宮である確証はなかった。それでも可能性は高い。それならば。飯塚は考えた。もしバックが間宮ではなかった場合。この間宮の顔で作られたフェイク動画が世に出れば。それを間宮や『模索模索』が全力で火消しにかかるはず、と。そして『寿司食いねえ』も『ざぎんですーしー』も金を一円も払わずに済む。もちろん元動画も使えなくなる。まさに一石百鳥の大技であった。


「で?どうすんだよ。間宮ぁ。ターゲットを変えて次の企業を狙うのかよ。それともこの件の回転寿司を追い込むのかよ」


「あ?追い込むのはバカがやることだろ。これは向こうの方が一枚上手だったってことだ。ターゲットはいくらでもある。ウーバーのいれもんとかよお。あんなのいくらでも手に入るだろ。ロゴの入ってるやつな。あれで玄関の前でザーメンぶっかける動画とかよお。サラダならフレンチドレッシングだよ。宅配業者の制服だって作れんだろ。それ着させて荷物分ぶん投げりゃあすぐに炎上動画なんざいくらでも作れるじゃん」


「顔モザイクで撮りゃあいいってことか」


「この国の人間は基本的に『有罪推定の原則』でよお。今はどいつも正義の味方で発言だよ。『推定無罪の原則』の反対で『何人たりとも無罪と宣告されるまでは有罪と推定される』ってやつよ」


「小難しい例えは勘弁だぜ。燃える動画を作っちまえばいいってことだろ」


「ああ。そういうことだね。俺はこれからちっとばかし『人集め』してからS県に入るわ」


「『人集め』?」


「そうそう。軍紀も慈道も兵隊がいんじゃん。それの俺用のやつってのをねえ」


「ま、おめえはまたとんでもねえこと考えてんだろ。俺は俺で動くわ。まずは動画の方を下にやらせるからよ」


 そう言って電話を切る軍紀。そして間宮が独り言のように呟く。


「飯塚さん…。こんなこと出来るのはあんたしかいねえよねえ。おもしれえ。おもしれえよ。俺の顔は、…ちっとあの人には直に見せすぎたか。全部撮ってたんだろうなあ。そりゃあこんな動画も作れるわ。飯塚さんかあ…」


 己の危険を顧みずに自分を救ってくれた人。そして今度は敵として自分の作ったシナリオをいとも簡単に封じこんだ人。間宮の中で飯塚の存在がどんどんと大きくなっていく。あの京山よりもさらに大きな存在として。間宮の心の中でヒーローのようになっていく飯塚。あの義経までも染めてしまった飯塚。


(俺を飯塚さんやたなりん色に染めるって言ってたよな)


 タバコを咥えながら宙を見る間宮の心はワクワクしていた。期待と興味心。最初に会った時に自分が感じたこと。


『あんたは不思議な人だね。平凡だけどうちの連中が持たないものを持っているように感じるよ』


 その直感は的中していた。そして間違ってもいた。今の飯塚は平凡ではない。『模索模索』にも飯塚以上の人間はいない。

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