第455話『組チューバー』飯塚

「たなりん『さん』!そのまま!そのまま!」


「は、はいなり」


「あ!目をつぶらない!」


「は、はいなり」


「気を付け!」


「は、はいなり」


 パシャ。


「はい。もういいですよー。眼鏡お返ししますねえ」


 八重子から眼鏡を返してもらったたなりんが急いでそれをかける。


「はあ、落ち着くなり…、は!(『なり』が出てるなり!)」


 やばい!あたふた!となるたなりんに先ほど撮影したスマホの写真を見せる八重子。


「ほらあー。たなりん『さん』は眼鏡でめっちゃ損してますよー♡」


「え?」


 八重子のスマホに写った自分を見たたなりんがキョトンとする。


「はい?これは誰ですか?」


「いやいや。たなりん『さん』、あなたですよ♡」


「そうだよ。たなりん。ひょっとして自分の顔を見たことないの?」


 実はたなりんは自分の素顔を知らなかった。幼い頃から視力が低かったたなりんは物心がついた頃から常にこの分厚い牛乳瓶眼鏡であった。だから素顔の自分を見たことがなかったのである。ちなみに漫画のようにお風呂にも眼鏡をかけて入る。


「これが…、たなりんの素顔…」


「超イケメンですよー♡」


「たなりんが…、超イケメン…」


「やーん!八重子ばっかずるーい!」


 ここで八犬里美が乱入する。


「たなりん『さん』!もう一回いいですか!?」


 そう言いながら里美がたなりんの眼鏡を再度外す。


「あー!眼鏡!眼鏡!」


「はい!動かないでください!私にすべて任せて」


(え?里美ちゃんが『私にすべて任せて』ですと?)


 またも拗らせた妄想を抱くたなりん。そして里美は鞄からアイテムを取り出す。


「あー、里美ばっかずるーい。私も混ぜてよー」


(え?八重子ちゃんが乱入?二人同時?い、いけません!若葉マークでいきなり首都高は危険なり!)


「あー!里美ぃ!八重子ぉ!あたしも混ぜてよー!」


(え?彩音ちゃんも?三人同時?いけません!たなりんは一本しか持ってませんなりよ!順番なりよ!順番!並んでくださいなり!)


 あらぬ妄想全開のたなりん。そしてそれをポカーンと見守る飯塚。


(あ!つべたい!)


 たなりんの顔に冷たいなにかが触れる。


「な、なんなりかあ?」


「動かないで!」


 聖クリクリ学園三人娘はたなりんの顔をウェットティッシュでふきふきする。そしてベースメイクとなるBBクリームを塗りたくる。顔にニュルニュルを感じるたなりん。


「コンシーラー、コンシーラー」


「パウダーファンデ、パウダーファンデ」


「眉毛書かせてー」


「じゃあ私は目をやらせてー」


「じゃああたしは唇ぅー」


「あ!目が痛いなり!」


「少し我慢して!」


 え?え?え?と思うたなりん。混乱しつつも『やらせて』や『唇』の言葉に反応するたなりん。そう。聖クリクリ学園三人娘はたなりんの顔に『メイク』を施していたのである。


「す、すげえ…」


 飯塚の言葉になにが起きてるか不安になるも直立不動のままのたなりん。そして。


「すごーい!きゃわいい♡」


(え?きゃわいい?)


「やーん!乱れたあーい♡」


(え?乱れたい?)


「にゃーん!たなりん『さん』食べちゃいたい♡」


(え?にゃーん?食べちゃいたい?)


「たなりん…、美しいよ…。抱きたいよ…」


(え?)


 パシャ。


「はい!見て見て♡」


 そして眼鏡を再度かけ直すたなりん。そしてスマホの画像を見て…。


「え…?これが…たなりん?」


「そうですよ♡今流行の『男の娘』ですよぉ♡」


「たなりん『さん』は体の線も細いから絶対モテるわよ♡」


「そうそう♡髪は私がウィッグ貸したげるからあ♡やーん、きゃわいいよぉ♡」


「へ?『男の娘』?『モテる』?『きゃわいいよぉ』?」


 たなりんは混乱した。この場合、モテるとは男子にモテるを指す。


「やーん♡お持ち帰りしたーい♡」


「ちょっとぉ!たなりん『さん』のきゃわいさに気付いたのは私だかんね!」


「でもメイクしたのはみんなでだよー」


「飯塚さん…、これは…」


「いやあ…、でもたなりんはコンタクトの方が絶対いいかもね…」


「あ!私今度カラコン持ってきまーす♡」


「ちょっとぉ!ウィッグに合わせるんだからカラコンも私が買ってくるぅ!」


「あんたのカラコンはトンキでしょ?」


「いいじゃん。トンキは品揃えもいいじゃん」


「…たなりん『さん』♡ちょっとあたしと『ちっす』してみない♡」


「彩音さん!抜け駆けはダメですよ!」


「飯塚さん…、たなりんは今混乱してるなりよ…。『組チューバー』はこれからどうなるなりか…?」


「え?ああ。大丈夫大丈夫。実は入院中に『ある動画』を作ったんだ。これは今までのとはちょっと違って強力だよ」


「へ?」



「間宮ぁ!」


 スマホを耳にあてた間宮が静かに言う。電話の相手は軍紀である。


「聞こえてるよ。んだあ。でけえ声出すんじゃねえよ」


「わりい」


「で」


「例の『寿司食いねえ』と『ざぎんですーしー』の件だけどよぉ」


「ああ。どうなった。金払うって?」


「その逆だ。ケンカ売られてるぜ」


「あ?ケンカ売られてる?ケンカ売られりゃあ動画が世に出るだけだろ。それとも腹括ったのか?」


「ちげえよ。今動画を送るからそれを見てくれよ」


「動画?」


「ああ。それがあいつらの回答だよ」


 電話を保留にした間宮が軍紀から送られた動画を確認する。そこには飯塚から間宮への果たし状ともとれる動画が映っていた。

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