第453話よく当たる天気予報

 束の間の沈黙。そして義経が口を開く。


「電話じゃ本当の話は出来ない。会って話せないか?間宮君」


「そうだな。義経。電話じゃ本当の話は出来ねえ」


「じゃあ…」


「悪い。今これからすぐにってわけにはいかねえ。俺も『模索模索』の頭だぜ」


「そうだよね…」


「本当の話は出来ねえが本当の言葉は言えるだろ。義経」


「本当の言葉?」


「ああ。お前は俺を裏切っちゃいねえ。俺がお前の立場でもくだらねえことは伝えねえ。だよなあ」


「間宮君…」


「行き違いはよくあることじゃん。そんなことでいちいちセンチなことをいう関係でもねえだろ」


「…」


「中山を俺のところに連れてきてくれるか?これは『模索模索』の頭である間宮徹の言葉として言えばいいのか。それとも義経のツレである間宮君の言葉として言えばいいのか」


「間宮君…」


「どちらの立場でもお前とはぶつかりたくねえよ。義経。話はいい。出来るか出来ないかだ。義経」


「それなら答えは『出来ねえ』になる。中山のことはうちの正兄ぃから頼まれてることでさ」


「義正さんが?」


「そうだよ。正兄ぃ以外の奴の言葉なら間宮君をとる。でもこればっかりは分かってくれよ」


「そうか。じゃあそれはいい。言い方を変えよう。義経。お前はこの戦争、どちらにつくつもりだ」


「どっちにもつくつもりはねえよ。俺が面白いことに興味があるだけなのは知ってるよね」


「ふーん。そうだな。じゃあ言い方を変えよう。俺とたなりん君、両方から同じ日時に誘われたらどっちの誘いを選ぶ?」


「間宮君だったらどっちを選ぶ?」


 ここで間宮が間を置く。そして。


「その時次第かな。約束の状況にもよるだろ」


「間宮君。俺だったらその選択はねえよ」


「なに?」


「俺だったら三人で一緒にを選ぶよ。間宮君もたなりん君も知らない仲じゃないよね。きっとたなりん君だって同じことを言うと思うよ」


「そっか…。義経。もう一つ。テレビのよく当たる天気予報でよ。『明日の予報は晴れで降水確率は0%です』と言っててよお。これまたよく当たるネットの天気予報では『明日の予報は雨で降水確率70%です』と言ってりゃあよ。お前はどっちを信じる?」


「それは…」


「迷うか?」


「靴を蹴り上げて表になりゃあ晴れじゃね?」


「そうなるよなあ。俺が言いてえのは信じられるものは少ねえ方が迷わなくていいってことだ。信じられるものが多けりゃそれだけ迷う。そうじゃねえか」


「間宮君。俺からも一ついいかな」


「なんだよ」


「『模索模索』とか関係なく俺は間宮君のことをツレだと思ってるよ。昔のあの図書館で出会った時の間宮君だ。だからこのことも隠さずに伝えておく。俺は正兄ぃからこう言われてる。『間宮君を飯塚さんやたなりん君の色に染めてやれ』と」


「俺を…、染める…?」


「ああ。そこまでして間宮君が拘る『楽園』ってのはいいもんなんだろう。けどよお、飯塚さんやたなりん君と別の景色を見るってのも悪かねえって思うよ」


「飯塚さんか…」


 間宮は高速道路でクラッシュした時を思い出す。飯塚はわが身を顧みず自分を助けてくれた。心の中で京山を強く否定する。あの人は変わっちまった。俺が憧れたあの時のあの人はもう死んじまった。ただ、あの時の飯塚の両手は昔の京山と同じだった。飯塚の姿にあの頃の京山の姿が被った。そして静かに笑いながら間宮が続ける。


「今日のところは飯塚さんに免じて納得しとくわ。でもよお、義経。俺とお前はぶつかることになるのかもなあ。俺が変わっちまったのか。それともお前が変わっちまったのか。今の俺にはそれは分からねえ。けど俺は俺の道をいく。その道でお前が立ち塞がるようなことがあれば容赦なくお前を殺すぜ」


「ああ」


 心の中では「違う。俺は間宮君とはぶつかりたくねえ。とことん間宮君に付き合う。ツレが地獄に向かうのを止められねえんなら、せめて一緒に行ってやるのがツレだろ」と思いながらもその言葉が出てこない。


『電話じゃ本当の話は出来ない』


 自分が最初に言ったこと。本音はぶん殴りながらでないと伝わらない。義経は本能でそれを感じた。そして電話を切る。


「間宮か」


「ああ。大丈夫だ。あいつは忙しいからお前に構ってる暇はねえとよ」


「わりい…」


 忍が義経に短く謝る。


「ばーか。だからおめえはバカなんだよ」


 義経がそう言ってパーラメントを取り出して口に咥える。

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