第452話残念だよ。義経

「ほらよ。『アイス手押し』だとよ」


「ちょ、待てよ」


「あ?(冴羽ぁ…、なんでモノマネっぽく?似てねえし…)」


「『野菜』とか『アイス手押し』ってなんだよ」


「隠語だよ」


「椎名?」


「それは林檎ですよ。冴羽君。『野菜』は大麻、『アイス手押し』は覚せい剤を直接会っての売買の意味ですよ」


「そうです。田所さんの言う通りです」


「宮部君からの入れ知恵ですね」


「ええまあ。俺らには縁のない世界ですからね。薬はクソだって分かってますから」


「ちょ、じゃあ『手押し』ってことはこれからそいつと会うのかよ」


「ああ。買いたいから売ってくれとメッセージ送ったからな。お、返事来た」


 新藤のスマホに注目する田所と冴羽。


「ビンゴだ。これから一時間後にS県S区の〇〇前で待ち合わせ」


「おもしれえ。ここはしっかりと馬鹿を更生させたりましょうか」


「いや冴羽君。ここは慎重に行きましょう。新藤君が宮部君の用意してくれた貴重なスマホとアプリを使って起こした種火です。これは。相手を確実に尋問できるようにさらうぐらいの準備をして挑むべきです」


「そうですね。どっちみちこのスマホを持ってるのは自分なんで。自分が売人に会いに行きますんで。こんな柄の悪い、あ、ガタイのいい男三人が待ち合わせ場所に行っても相手は警戒します。下手すりゃあ待ち合わせ場所に現れないってことも普通にあるでしょ」


「まあ…、末端の売人もそれぐらいの慎重さはあるでしょうからね」


「なので二人は離れたところから自分の指示があるまで待機でお願いします」


「S区の〇〇前ってどこだ?」


「ここから近いですね」


「ええ。歩いて行ける距離みたいですね。向こうにもこっちの場所は伝えてますんで。相手も相手に合わせて動いてるみたいですね」


「新藤君」


「大丈夫ですよ。自分は。田所さん程とは言いませんが。これでも修羅場は結構潜ってきてますんで」


「いや。小型カメラを預けておきますんで。その操作方法をですね。音声もしっかりお願いしますよ」


「え?撮影ですか!?」


「そうですよ。飯塚ちゃんに怒られたばっかなんで。『なにー!?闇バイトに自宅を襲われたのに撮影してない!?なにやってんすか!?そんな美味しい動画を撮らなくてなにを撮るんですか!?』と」


「は…はい…」


 そして田所からカメラ付きの眼鏡、小型カメラを仕込ませたポーチを受け取る新藤。


「これは…、すごいですねえ…。絶対バレないでしょう…」


「ええ。赤外線で暗闇だろうと綺麗に撮れますよ。ポーチはレンズをファスナーの穴に埋め込んでます。帽子型もありますがさすがに帽子は不自然ですから」


「まあ帽子って柄じゃないですからね…」


「言っときますが『悪用』はダメですからね。あくまでも『悪を退治するために』ですからね」


「おす!」


「頼むぜ。新藤。撮れ高だぜ。撮れ高」


「分かってんよ」


 新藤が万全の装備で待ち合わせ場所へと移動する。



「おい。ホントにいいのかよ。俺なら…」


「いいんだよ。このバカが」


 義経と中山忍は「たぴおか」が借りている寮の一室にいた。風俗店は両完備の方がなにかと便利である。寮希望の女は掛け持ちもせずに自分たちの店だけに出勤してくれるし無駄に飛んだりしない。そもそもそういう女は最初から寮には入れないが。


「でもよお」


「俺がいいっつったらいいんだよ。俺ぁ、兄貴からお前のことを言われてんだよ。それにここは俺の兄貴が借りてる部屋だ。まあ宮部っちパイセンとこよか安全だぜ。清潔だし」


 風俗店の寮には生活に必要なものは大概揃っている。冷蔵庫に洗濯機、テレビにベッド。もちろんエアコンも完備。通勤用の自転車まで。体一つで面接に来た女でもその日からそこで暮らせるように。


「世良ぁ…」


「んだよ。なんか飲むか。有料だけどよ」


「…俺はいつまでこんな生活が続くんだろうな」


「あ?半グレにゲソつけた奴がナニ言ってんの。お前さあ。バカの上にあめえな。甘すぎじゃね?」


「わりい」


 そんな時、ふと義経の携帯が鳴る。画面を見る。間宮の名前が。


「なに?間宮君」


 自然を装い電話に出る義経。


「おう。俺。わりい」


 間宮も普通に喋る。間宮の第一声を聞いた義経も普通に返す。


「どうしたの?」


 そう言いながら部屋の忍へ「喋るな」のゼスチャーを出す義経。


「今、中山と一緒か?」


 間宮の言葉を聞いた義経の体が固まる。瞬間的に考えが脳を駆ける。


(見透かされてる?まさか。カマをかけてる?いや、間宮君はそんな無駄なことはしない。確信があるはず。ここをごまかしきれるか?否。間宮君に嘘は通用しない。絶対にバレる。今ここで完璧を演じてもセリフを一文字間違えるだけで、セリフのタイミングを間違えるだけで自分の違和感は見透かされる。無理だ)


 コンマ一秒の間にこれだけもの考えを巡らせた義経が腹を括って答える。


「ごめん。そうだよ」


「そうか。残念だよ。義経。少し」


 そこから続いた沈黙が義経の心を責める。義経の心を痛める。

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