第418話甘えないでよねっ!!激

 午前一時過ぎ。


 狭い宮部の部屋で二人きりになった宮部と忍。イラつきを隠せない宮部は何本もタバコを吸う。


「お前、明日も仕事だろ」


「うるせえええええ!勝手に喋るんじゃねえ。てめえはその辺に横になって寝てろ。布団なんかねえからな。雑魚寝だ。雑魚寝」


「すまねえ。水あるか」


「ああ?てめえは立場分かってんのか。寝る前の水ってかあ?おーおー、トイレの水なら汲んできてやんぜ」


「わりい。今は世良さんから貰った眠剤なしじゃあ寝られなくてな」


「ああ?眠剤だと?」


「ああ。セルシンを半錠。常習にならないレベルの薬と用量でな」


 そう言ってポケットから薬ケースを取り出す忍。


「けっ。ちっと待ってろ」


 宮部がキッチンに向かい、流しに転がっている空き缶を一つ拾い上げてから水道水でさっと中身を流す。そしてそのまま水道水を缶に半分ほど入れて部屋に戻る。そんな宮部の行動を申し訳なさそうな表情で見る忍。


「わりい」


「うるせえ。さっさと飲んで寝ちまえ」


 この時、宮部は心の中で怒っていた。


(んのやろー。オタクにとっちゃツレが帰った後の一人の部屋の時間が大事なんだよ!それをこのボケはあ…!クソが!本来なら『すちーる』の『がーるがん2』をVRモードでよお。水鉄砲でパンツをだなあ。クソが!押し入れの中のグッズを部屋に広げてよお。『ことぶきんや』の70周年を祝いながら『でいあにめすとあ』で『甘えないでよねっ!!激』を見ながらだなあ。クソが!つーかよー。このボケがいるとオナニーできねえじゃねえか!クソが!世良の兄貴が退院するまでかあ?少なくとも一週間はこいつと一緒?ふざけんな!てか無理だろ!明日はどうすんだ?俺は仕事で八時にはここを出るぜ。田所さんは朝に迎えにくるとか言ってたよな。は?俺が部屋を空けてる間、この部屋をこのボケと田所さんの二人だけにするのか?無理無理無理無理!パソコンはまだいい。ロックかけてるから俺じゃなきゃ開けられねえ。押し入れはどうする?まさか人の部屋で押し入れの中を見る奴はそうそういないよなあ。ん?待てよ。たなりんがもしも俺より先にこの部屋に入れば…。いかん!悪ふざけで勝手に開けるかもしれん!それをこのボケが見たら?でも待てよ…。俺のキャラクターをこのボケは知ってるよな。だったらたなりんに開けられる前に先に知らないふりして開けて『おいおい。たなりんの奴ぅー。俺の部屋に自分の趣味を持ち込むなよー』ととぼけるか?うーん。あとで揉めるかも…。それに一週間だぜ。こいつのメシ代とかどうすんだ?まあ、メシとかは世良の野郎が差し入れするだろ。じゃあ家賃とか日割りで取ってやろうか。これは正当な請求だよな。ツレならまだしも仕方なく泊めてやってんだしな。一泊千円か?いやいや、それじゃあ安いよな。ラブホとか一泊いくらだ?五、六千円すんだろ。じゃあ俺も五千円取るか?だったらウィークリーに泊まるか。いや待て。それが出来ねえから俺んちに泊まってんだろ。風呂とかどうすんだ?ん?風呂?ヤバい!お風呂グッズにバスポスターを片さないと!トイレ使ってもバレるじゃねえか!)


 そして風呂場のブツを見つかる前に片すために風呂場へ向かう宮部。


「ちっとトイレ」


 チラッと忍の方を確認すると忍はすでに眠っていた。


(ん?こいつ。もう寝たの。狸寝入りか?さすがにねえか。さっき眠剤飲んでたし。ちっ。俺も明日は早えんだ。七時半起きとして六時間は寝れるか。クソが!本来ならあと小一時間は趣味の時間を…!このボケがいなけりゃあ風呂場を片す必要もなかったのよお!クソが!)


 そう思いながら風呂場へ移動して先ほど空の浴槽の中に隠したブツを押し入れの中へと運び込む宮部。押し入れの中のお宝が水で濡れないよう、コンビニの袋の中へとお風呂グッズを入れてから隠す宮部。そして部屋の電気を消してベッドに横たわり目を瞑る宮部。暗闇の中から忍の寝息が聞こえる。


(ちっ。気持ちよさそうに寝やがって。クソが…。だいたいよお、このボケは昔っから気に入らなかったんだよな。よええクセして口だきゃあ一人前でよお。こんなクソボケが幹部だと。間宮の野郎もヤキが回ったな。俺がぼっこぼこにして終わらせるか。クソが…)


 ガリ…、ガリ…。


 忍の寝息とは別で突然暗闇から聞こえる異音。宮部の野生がすぐに危険信号を宮部の脳へと送る。ウトウトしていた意識がハッキリと覚醒する。


『この部屋に侵入しようとしている奴がいる』


 常に最悪を想定する宮部の野生の本能が宮部をベッドから素早く起き上がらせる。すぐに枕もとのスマホを掴み『ライト』機能で忍をピンポイントで見つける。忍の口を片手で塞ぎながら頭を揺らす。小声で起こす。


「(おい。起きろ)」


 セルシンは正確には睡眠薬ではない。起こされれば普通に覚醒する。異変にすぐに気付きながら口を塞がれた忍も覚醒する。


「(お前張られてたんかよ)」


 宮部の小声に首を横に振る忍。そして忍の意識を確認した宮部が忍の口から手をどかす。代わりに部屋に隠してあった木刀を忍に手渡す。そして言う。


「(早速来やがったみてえだぜ。クソが。誰の部屋にカチコミかけてんだあ。ボケが!)」


 バールがなにかをこじ開けるような音が聞こえる。その音を聞いた宮部が忍には部屋でいろと伝え、入り口のドアの横で待ち伏せするように身をひそめる。


 バキッ!


 物凄い音をどさくさに紛れてたてながら、それは無かったことのようにゆっくりと静かにドアが開く。そして一人目の侵入者が宮部の部屋へと土足で入り込む。


「ウーバーなら頼んでねえよ」


 宮部の声に驚いた侵入者が宮部の方を見た瞬間、宮部が木刀をフルスイングする。

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