第407話淡々とこなされる悪意

 忍の言葉通り、間宮はSNSのアカウントを大量に購入した。正確には半分は購入し、半分は自分たちで作ったもの。今のSNSのアカウントを作成するには少なくとも電話番号かメールアドレスが必要となる。その電話番号もメールアドレスも個人と紐付けされる。じゃあどうすれば足のつかないSNSのアカウントを作れるか?実はノーマークの携帯番号が身近には存在する。普通のバイト先の電話である。そういうところは固定電話を置かずに、または固定電話が一つであとは携帯を置いてあるところが多い。社員の名義で購入された携帯である。それがあればSNSのアカウントは五分もあれば作れる。間宮は『模索模索』の下っ端連中にまずそれを作らせた。幹部の下の下の枝レベルの連中に。勝手にやったことで知らなかったことに出来るからである。実際にそれを作った人間も「こんなの何に使うんですか?誹謗中傷の捨て垢とか勘弁してくださいよ」ぐらいに考えていた。それから高齢者の携帯教室で教えている携帯ショップの人間を狙って『逆盗撮』の罠に嵌めた。言いなりになった携帯ショップの人間に「ジジババどもの携帯番号でアカウント二十個作れば動画は返してやるよ」とそのやり方と一緒に言えば喜んでアカウントを作ってきた。やり方もショップの店員ならすぐに察しはつく。ジジババの携帯を順番に五分から十分の間だけ借りればいい。「ちょっと順番にウイルスチェックしますね」とでもいえばジジババは疑うことなく自分の携帯を他人に差し出す。そしてその間にアカウントを作る。「はい。大丈夫でした。ウイルスは入ってませんでしたよー」。その言葉で安心しながら自分の携帯を受け取る。ジジババ携帯や仕事用に設置された携帯にいくら警告のショートメールが送られようと気付かない。「別の端末でアカウントが利用されています」との通知にも気付かない。他人のアカウントを使うとはそういうことである。携帯に詳しくなくともスマホを毎日眺めている若者のアカウントを購入しても短命で終わる。


 慈道が『たぴおか』グループのホテヘルの受付へとピンポイントで同時にタタキを送り込む。


「おい。静かにしろ。大声出すんじゃねえ。下手なことしたら容赦なく殺す」


 マスクだけで顔の下だけ隠した慈道の部下たちが二人一組で押し入る。押し入る日は土曜の夜。単純に土曜は風俗店の売り上げが週で一番いい。週で一番客が入るのが土曜日である。単独店なら連休最終日の夜が狙い目である。金融機関も入金は平日の九時五時まで。ATMで大金を手数料を払ってまで入金する馬鹿はいない。連休最終日の夜には連休前の週末の売り上げから連休中の売り上げまでまとまって店にある。金庫の中だろうと下っ端の従業員レベルでも金庫は開けられる。オーナーがいようと広告屋への支払いなどは売り上げから払う。電話一本で「あ?広告屋の集金?いくら?十八万?店の金庫から出しとけ」と指示は出る。光熱費から家賃、店の備品の雑費など。従業員の給料以外はよほど組織化された店でない限り店長レベルにその権限が与えられている。だいたいこういう店はオーナーが三日から一週間に一回レベルで金を取りに来る。その間に日々の売り上げが金庫に貯まっていく。『たぴおか』はきっちりと組織化されていた。世良兄が病院にいようと指示を受けた池田が現場には毎晩その日の売り上げと日計表を事務所へ持参させていた。だったらそれを閉店前にぶん獲ればいい。一番売り上げがいい土曜の夜に。


 慈道の指示通りに動く部下たち。一人、二人いた待合室の客はロープで縛る。口にはガムテープ。こういう時に人間は「下手すれば殺される」と想像する。だから下手に逆らってこない。元格闘家だろうとこういう修羅場では足がすくんで震え上がるのが現実。受付にいる従業員も一人を残して全員縛り上げる。そして。


「おい。金出せ。売り上げだよ。下手に頑張っても命落とすだけだぜ。頑張って殉職するか?」


 そう言えば受付の従業員も頑張って協力してくれる。慈道の指示通りである。それはすなわち間宮の指示である。昔、『たぴおか』の事務所に入った破門崩れの強盗をぶちのめしたことが大きな経験となった。あいつらのやっていたことはよくよく考えれば賢い、と。


「女の出勤時間もホームページでチェックすんだよ。女たちは帰る前に精算するからよ。女の日払いの給料も店の財布の中に残ってるうちに取るんだよ。財布の中にゃあ釣り銭も入ってるからよ。あれぐらいの規模の店なら両替用で十万は入ってる。店の売り上げとまとめて全部取っちまえ」


 『たぴおか』のホテヘルへ押し入った連中は一店舗あたり九十万円ほどの売り上げと未精算の女の給料、そして十万円の釣り銭。合わせて百万円を超えるほどの現金を強奪することに楽勝で成功する。

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