第406話はてしない物語

「ミヒャエル・エンデの本によお」


「みひゃえ…えんで?」


 軍紀のクエスチョンに反応せず間宮が独り言のように続ける。


「『老化するお金』ってのがあってさあ。それが今の日本の状況にすげえ似てんだよね。金って便利だと昔からそれを稼いできた。昔は通貨なんかなかったから物々交換か。そこで知恵のあるものが通貨を考えだし」


「間宮さん?」


「(慈道、無駄だ)」


 小声でそう言いながら軍紀がタバコを咥えて火を点け、間宮へ視線を送りながら付け足す。


「(昔っからあいつはたまにああなるんだよ。あいつはああ見えて昔っから読書家でな。知識の量も半端ねえ。でもよ。周りにそれを理解出来る奴がいねえのな。だからああやって自分の外に知識を発散させるんだよ。言っても分からねえんだったら独り言みてえに呟けばいいだろって。まあ聞いてりゃなんとなく分かるよ)」


 それを聞いた慈道が黙って間宮へ視線を送り、間宮の言葉をしっかりと聞き取ろうとする。間宮は続ける。


「金があればなんでも手に入る。幸せは金で買えないと言われてるがそれはすでに昔の作家が論破した。あれ?誰だったっけ。言葉は覚えてる。『金で幸せにはなれないが、金には不幸を追い払う力がある』だったよな。低賃金のブルーカラーが汗水流して得られる通貨を女は野郎の隣に座って酒を作るだけで効率よく稼ぐ。だったら。損しねえようにもとはとらねえと。メス豚の乳やケツを揉めばいいと考える。そしたら女は上品気取って『そんな店じゃありません』ってか。酒を作るだけじゃあ通貨を得られなくなったら乳を揉ませる。ケツを揉ませる。脱いでしゃぶるようになる。太ももまで舐めりゃあ一日五万稼げる。そして若さまで失い。足の指までしゃぶっても一日三万。だったら股開けばいい。ゴム付きで百二十分四万円。どんどん自分の価値を下げてよお。最後にゃゴム無しで百二十分一万。何の話だっけ。そうそう。国の話だ。国はなにがしたい。なにを知りたい。一番知りたいのは個人の家計簿だ。どいつがいくら収入があって。貯金がいくらあって。どれぐらいの金を使って。そんなもんは昔は分からなかった。だから税務署の仕事が繁盛した。税務署は公務員だがノルマの世界なんだよな。黙っててもチクりでいくらでも獲物の情報は入ってくる。この国のタンス預金も増えすぎた。じゃあどうすればいい。偉い人は考えました。現紙幣に有効期限をつければいい!それをいきなりやると庶民から不満が!じゃあどうすんだ?段階をつけてやればいい。消費税も3%から徐々に上げれば庶民も慣れる。そうやって今や10%。月に三十万使えば国の取り分は単純に三万。現実は半分近く搾取。それでも気付かねえ。国には従わなけりゃあな。海外に出ればいい。気付いた頭のいい奴はみんなやってる。じゃあ段階をつけるには。金を電子にしちまえばいい。コンビニの支払いも携帯でちゃりーん。買い物もカードで署名。外で牛丼一杯食うのも電子マネーでオッケ。財布なんざ必要ねえ。タクシーも自販も現金は要らねえから。そうなると管理は楽だよな。金の流れが簡単に分かる。こいつの銀行残高はいくらで。取引銀行はこことこと。労働の対価も電子マネー。今そっちのスマホに送ったよ、てな。そうなれば悪党がすることは簡単単純。現金があるうちに、現ナマが通用する今の時代に現ナマを集めて使っちまうんだよ。現金には番号が振られてるが意味がねえ。バレねえ。洗えるところはいくらでもある。電車に乗る時に切符を万券で購入すりゃあいいってこと。ババアのタバコ屋で購入すればいい。電子マネーはマイナンバー、国民総背番号制への足掛かり。そのシステムが完成しちまうまでは俺らの時代は終わらねえ。街でカツアゲするにしてもよ。今は『財布出せ』の時代だろ。昔の漫画でよお。強盗に入った銀行でな。顔も全部覆面で隠しながらよ。その強盗が言うんだよ。『命が惜しかったらこの通帳に一億円を入金しろ』ってな。笑えるし震えるよな。予言者だよ。『財布出せ』が『このスマホに入金しろ』って時代になれば俺らの時代は終わるかもね。いくら他人の携帯を使おうと監視付きのマネーは絶対に足がつく。ぼったくりバーも電子マネーで支払う時代が来るのかね。すげえな。ミヒャエルさん。あんたの予言通りの時代が来るよ。よく半端な悪党が言うじゃん。『俺らが高齢者のタンス預金を世に出すことで金の流通がよくなる』って。ありゃあ詭弁だ。本当は『国がえげつねえことやってるから俺らも敗けねえようにもっとえげつねえことやろうぜ』が正解だと思うんだよな。何の話だ。慈道」


「はい」


「安心しろ。『たぴおか』グループの商売はオールキャッシュだ」


 世良兄も同じ理由で『たぴおか』系列の商売は現金に拘っていた。風俗もキャッシュカードだけは使えるがカードを使う客には手数料を30%も乗せれば済む。クレジットカード利用の場合は割引も一切適用外。それだけで客のほとんどが現金払いになる。

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