第378話地獄

 キチガイナースの顔はどっかで見たことがある。でもどこで会ったかは覚えてない。


「ほほお。急患だから真面目にお仕事しようと思ってたらまーみーやー。あんたかあー!」


「え?間宮!?」


「あいつがウチに急患で!?」


「こーろーせー」


 病院のキチガイナースとキチガイドクターたちが包丁やメス、ノコギリを持って自分を襲ってくる。


「京山さん!ヤバいっすよ!ここは!逃げましょう!」


 間宮は病院の窓を開ける。二階。飛び降りることが出来る高さ。


「俺が先に飛びますから!京山さんも続いてください!」


「馬鹿野郎!」


 現実世界の間宮は自宅の部屋から飛び降りようとしていた。それを力づくで止める京山。部屋のテレビからはデタラメな内容の番組が。そして拘束されてからさらに幻覚は加速する。足は壊死しないよう靴下を何重にも履かされて皮ベルトで拘束。腕はある程度自由は利くが引っ張っても右手と左手はくっつかない距離。顔も触れられない距離。体さえ触れられない距離。ここからが地獄。


「きょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおやまああああああああああああああああああああああ!」


 間宮は出来る限りデカい声で叫び続ける。間宮が見ている幻覚は普段の景色。よく行く場所で拘束され体の自由が取れない状態で独りぼっちで放置されている幻覚。間宮は叫び続ける。誰か気付けと。そして誰も自分の叫びに気付いてくれないと思い込むとこれは誰かが自分に嫌がらせをするためにやっていることと思い込む。そうなると自分が信じているもの、それに裏切られたと思い込む。


「きょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおやまああああああああああああああああああああああ!きょおおおおおおおおおおおおやまああああああああああああ!俺がお前にしたことの答えがこれかああああああああああ!答えろおおおおおおおおお!きょおおおおおおおおおおおおやまああああああああああああ!」


「京山さん。口になんか咬ませますか?」


「せんでええ。今こいつは幻覚をみとる。叫ばせとけ」


 尿道カテーテルも突っ込めない。すでに間宮は糞も小便も漏らしている。おむつを履かせて正気に戻るまではトイレもこれで対応する。


 幻覚の中で叫び続けるとどんどん言うことが変わる。


「京山さん?京山さん?これって嘘っすよね。冗談すよね。嘘だよなあ!冗談ならもういいからこれを取れやあああああああああ!」


「ううっ、うう。なんでこんなことすんだよおお。俺がなにしたって言うんだよお…。もう勘弁してくれよお。いや勘弁してください。なんでもします。なんでもしますからあ…。誰か…俺を自由にしてくれ…」


「きょおおおおおおおおおおおおやまああああああああああああ!てめえの本性がこれかあああ!信じた俺が馬鹿だったぜええええええええええ!ええうぇええええええええええ!?京山あああああああ!笑ってんじゃねええええええええ!」


 叫びながら幻覚はどんどん変わる。駅前の銅像に貼り付けられている自分。通行人は全員が自分に気付かないふりをして歩いている。


「おい!おい!お前!お前!気付いてるだろ!気付いてるだろおが!お前も!俺の自由をほどけ!この鎖をほどけ!俺にかまえ!目を見ろよ!なんで俺を無視する!ごるああああ!犯すぞ!アマぁ!」


 結婚して引退した子煩悩な先輩が我が子を地面に叩きつけている幻覚を見た。


「ガキってめんどうだよなあ」


「嘘だあああああああ!」


 薬の売人がいた。隠れる自分。怖い。あの売人が怖い。目の前には巨大なスーツ専門店。なんでスーツ屋がこんなところに。ビルの看板には鮮明な死体のプリント。時速百キロを超える速さで走る大型トラックが目の前でどんどん大破していく。自販機がゲロまみれになる。過去にみた漫画の登場人物がリアルに話しかけてくる。


「きょおおおおおおおおおおおおやまああああああああああああ!」


 地獄の時間を乗り越えた先に薬が抜ける瞬間がやってくる。


「…、俺は…、ここは…」


 京山と答え合わせをする。だんだんと鮮明になる記憶。キチガイナースは昔に図書館で嫌なことを言ってきた女だった。


 幻覚はすべて過去に自分が関わった人間や本や漫画、映画などが絡んでいた。過去に見たホラー映画の殺人鬼やゲームの悪役が間宮の前で競って自分の殺しの力を見せつけた。お前もやってみろと言われた間宮がそれを躊躇ったために代わりにお前が死ねと言われた。命は無限にあるから痛みだけを永遠に味わえと言われた。それが嫌ならお前も殺せと言われた。それを説明したら京山は信じた。


「ああ。そうや。そこからお前は無事戻ってきたんや」


点滴で栄養をとっていた。暴れないよう京山は点滴に少量の睡眠薬を混ぜていた。それがよかった。発狂している時間以外は眠っていた。正気に戻った日の夜も京山は側にいてくれた。翌日には手足の拘束を解いてくれた。


「おむつはしゃあねえぜ。今から俺んちで風呂に入って綺麗にせえ」


 京山の家で糞だらけの尻を洗った。


「熱っ…」


「ああ、お前は熱い風呂が苦手だったよな。まあ今日は我慢して入れ。汗をかいて全部出せ」


 間宮が幻覚を見た事実は自分が一番理解していた。

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