第377話記憶

 それは突然やってくる。


 薬を使ったものすべてがいい気持ちになるわけではない。


『バッドトリップ』


『フラッシュバック』


 間宮はそれを体験した。最初は単なる好奇心から。自分は強い意志とか関係なく依存症にはならないとの自信。何の根拠もない自信。


 それを初めて試してみた。こんなもんか。雨の降る日だった。


 そのままいつも通りバイクで帰路についた。それから正気に返ったのが数日後だった。正気に返った自分は両手両足を拘束されていた。


「お、間宮。正気に戻ったか」


 京山が声をかけてくれた。


「俺は…」


 両手両足がガッチリと固定されている。動かせる首を必死で動かして自分の体を見る。下半身は紙おむつを履かされている。高齢者用のおむつ。


「粗悪な薬に手ぇ出しやがって。粗悪だろうと上モノだろうと同じようになるがな」


 点滴が見える。どこから持ってきたんだろう。


「ああ。食欲が出たら飯食わしたる」


「京山さん…。これほどいてもらっていいですか」


「まだあかん。お前、記憶あるか」


 ゆっくりと思い出す。薬を買って試した。思っていたような快楽はなかった。快楽どころか異変すら感じなかった。雨の中をバイクを走らせ…。気が付けば今。ただ長い夢を見ていた。それは恐ろしい夢の連続だった。


「お前さあ。運がいいよ。バイクを止めて全裸で倒れてたんだよ。覚えてるか」


「全裸で?」


「ああ。そうだ。いつもの集会所で雨の中全裸で倒れててよお。それを見つけたメンバーから連絡貰ってな」


 記憶にない。ただ集会所…。微かに記憶が。雨の中の運転。左折しようにも左折待ちの車が多くて左折が出来なかった記憶。ずっとずっと真っすぐ単車を走らせた記憶。あそこを曲がって遠回りすれば元の道に戻れる。ひたすら真っすぐ走った記憶。遠回りして元の道に戻った記憶。そこでまた同じことの繰り返しの記憶。強引に左折した記憶。集会所…?いや、懐かしい記憶。どこかで見たことのある景色。そこで雨宿りした記憶。服が雨でびしょ濡れだったから寒さを感じた記憶。そこに洗濯機とロッカーがあった。ロッカーの中には作業服があった。電話をかけた記憶。洗濯機を使っていいとの許可を電話で貰った。電話で軽口をたたいた。服が乾くまでロッカーの中の作業服を着た。下は地面だった。外を見た。雨は止まない。バイクは邪魔にならない。地面に作業服を敷いて横になった。そんな記憶が微かにある。


「最初にお前を見つけたメンバーにお前なんて言ったか覚えてるか?」


「…いえ」


「しょんべん漏らすってよ」


「え?」


「異変に気付いてよお。バイクは置いてとりあえず電車で帰らせようとしたらお前がそう言ったんだよ」


「…」


 京山の言葉と記憶がリンクする。


「お前を自宅になんとか帰らせてよ。俺も初めてお前を見たよ」


 え?京山が俺の家に?俺の部屋…。


「覚えてるか」


「いえ…」


 部屋が揺れた。回った。部屋の布団が自然と燃え始めた。急いで布団の火を消そうとした。消えなかった。風呂場に持っていきシャワーで火を消した。


「燃えてる!燃えてる!」


「ああ!燃えとる!安心せえ。今消えた。消えたから安心せえ」


 京山の声。そうだ。京山さんが俺の部屋で布団の火を見たはずだ。隣の部屋が沈んだ。階段が必要になっていた。眠りたかった。ただ目を閉じようとすると幽霊が映った。幽霊は目を開けると見えなくなった。


「京山さん!幽霊が!目を閉じるとオバケが!」


「ああ!分かっとる!おるなあ!でも俺が横におったる!だから安心して目ぇ綴じろ」


「幽霊が!」


「俺がおる!安心せえ!」


「テレビで俺のこと言ってます!俺のこと狙ってるって言ってます!」


「大丈夫や!」


 病院に行った記憶。病院には刃物を持ったキチガイナースがいた。


「京山さん!あのナースに気をつけてください!刃物持ってますから!包丁持ってます!」


「分かった!気をつける!大丈夫や!」


 手足を拘束された状態で京山からスマホで撮った動画を見せられる。そこには自宅で金属バットを握り締めながら慎重にトイレのドアを開けようとする自分の姿。確か、刃物を持ったキチガイナースと渡り合うために金属バットを装備した記憶が。


「これも覚えてないやろ。でもお前や。間宮」


 記憶はさらにリンクする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る