第372話無償の

「飯塚さん!」


 宮部も新藤も叫ぶ。族をやっていれば単車から吹っ飛ばされる奴をたまに見る。京山と一緒に走っていた時からそういうもんだと思っていた。走っていれば敵はいくらでもいる。抗争相手に警察。ヤーさんもだ。一般車両に突っ込むバカもいた。そういうのは全部自己責任。ナンバープレートを折り、単車はあらかじめ盗難届を出しておく。免許はとるが道交法などおかまいなし。族は夜走るもの。道路は自分らのもの。信号も道路工事の誘導員の制止も警察の追跡も自分らを止められない。止まらない。ヘルメットを被らなければ危ないことぐらい分かっている。十代の衝動は誰にも止められない。だからこそ痛みを知る。単車でこければシャレにならないほど痛い。殴られれば痛い。殴っても痛い。


『別れを悲しまず』


 いつ死んでもこの世に未練はない。そう心掛けて走ってきた。ただ飯塚は『藻府藻府』の一員だがそういう意味で族ではない。そんな飯塚が間宮と共に目の前で飛んだ。


 飯塚も現実で何が起こっているか一瞬理解できない。ただ自分が宙に浮いている現実。あ、事故った。間宮の野郎ぉ…、でもこいつも一緒に飛んでる。スローモーションに感じるがその勢いはものすごい。自分はすぐに地面へ叩きつけられる。頭から落ちたらヤバい。でも今自分の両手は間宮の首を決めている。なんだよ。俺のせいか?ちくしょう。馬鹿野郎が。俺がスリーパー決めてもおかまいなしで運転してたろが。こいつのせいで。いや俺のせいかも。クソが。クソが。クソがあああああああああああああああああ。飯塚が覚悟を決める。


 あ。飯塚さんまで巻き込んじまった。わりいな。でもめんどくせえ。この体勢じゃあどうにもなんねえ。運がよけりゃあ助かるかもよ。


 間宮がスローモーションの景色を見ながらそう思っていた時。


 ガシッ。


 自分の首にあった飯塚の両手。その片方が自分の頭へ。え?そう思う間宮。


「勝手にてめえを死にやさせねえええええええええええええ!」


 飯塚が叫びながら何故か間宮だけは無事であるよう間宮の頭を右手をがっちり回して保護する。首にあった飯塚の腕は間宮の頭を抱えて離さないよう左手と右手をがっちり握ってある。飯塚の叫び声が京山の声に聞こえた。


『てめえを死にやさせねえ!』


 間宮が思ったこと。


 え?京山さん?京山さんが俺を?


 ドスンッ!


 吹っ飛んだ二人が地面に叩きつけられる。


「飯塚さん!」


 意識が飛びそうになる飯塚の耳にかろうじて入る宮部と新藤の声。




 飯塚が目を覚ますとそこは病院のベッドの上だった。


「あ、気付きましたか!飯塚さん!」


「あれ?俺は…?」




「てめえ!なんで俺を庇ったあ!誰もそんなこと頼んじゃねえ!」


「間宮てめえ!飯塚さん巻き込んでその言いぐさはなんだ!今俺が殺してやんよお!」


 あれほど派手に単車から吹っ飛んだにも関わらずほぼノーダメージだった間宮が立ち上がって虫の息状態の飯塚へ怒鳴る。それに宮部がつっかかる。それを新藤が後ろから止める。


「待て!宮部!」


 宮部と新藤のことなんか視界に入ってない間宮。最初は怒鳴った間宮が飯塚の元でひざまずく。


「…なんで。あの状態でなんで自分じゃなく俺を助けられる…。自分の命が惜しくねえのか…?自分の命より人の命を優先できるのかよ…?なんでだ?」


 すでに気を失った飯塚には間宮の言葉は聞こえない。届かない。


「馬鹿野郎…」


 そう言って飯塚を両手で大事に抱えて持ち上げる間宮。


「この人を…助けたい」


「ああ?てめえが言うな!」


「どけ」


「あ?てめえになにが出来る!」


「この人を病院へ連れて行く」


「間宮ぁ」


 ここで宮部より冷静な新藤が言う。続ける。


「お前に飯塚さんは渡せねえ。分かるな」


「…」


「ただ安心しろ。俺らが責任もって飯塚さんを病院に連れて行く。死なせやしねえ」


「新藤ぉ…」


「新藤ぉ!俺の単車は動く!でも飯塚さんはお前の単車に乗せろ!」


「ああ!」


 急いで飯塚を新藤の単車の後ろに乗せる。気を失ったズタボロの飯塚が単車から落ちないよう両手を新藤に巻き付かせて新藤の体の前で腕をグルグルと口を隠すのに使っていた布で巻く。宮部がライダースを脱ぎ、飯塚と新藤を固定させる。そして凹んだ自分の単車のエンジンをふかしながら宮部が間宮へ言う。


「てめえ。飯塚さんと俺のバイクの借りは近いうちに八億倍にして返しにいっからよお。首洗って覚悟しとけよてめえ」


 放心状態の間宮が無言で気の失った、目を閉じた飯塚の姿だけを見続ける。


「京山さんの声が…」


「あ?なんだ!?」


「いいから行くぜ!宮部!」


 そしてその場から立ち去る宮部、新藤、飯塚の三人。


「感傷に浸ってる暇はねえぜ。関谷のおっさんをこっちの車に乗せろ。おめえも足はねえんだろ」


 伊勢の声が放心状態だった間宮に気を入れる。

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