第371話別れを悲しまず「あ・ば・よ」

 新藤が咥えていたタバコを吐き捨てて叫ぶ。


「間宮ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 新藤のケツでタバコを咥えた宮部が特殊警棒を取り出す。道具を持つ宮部は珍しい。


「随分遅かったなあ!宮部ぇ!単車はどうしたあ!?ガス欠でニケツかあ!?」


「クソがぁ!俺の単車ドロは死刑って決まってんだよ!殺される前に止まれぇ!殺されっぞぉ!」


 一見、関谷も含め一体四。間宮対宮部、新藤、飯塚、関谷の場面。ただそう単純ではない。まず単車にニケツの状況。後ろに乗っているものが攻撃する。それも単純ではない。射程距離は限られている。その射程距離を運転するものが確保しないと攻撃は成り立たない。そして間宮が後ろに乗せているのは飯塚。今の飯塚は人質同然。下手に単車ごと倒してしまえば転倒に飯塚が巻き込まれる。そのため宮部・新藤チームの攻撃はかなり限られる。飛び道具も投げられない。間宮を下手に攻撃してもダメ。間宮にとってはそれも計算済み。


「おい!飯塚さんが後ろに乗ってるからよ!俺の単車も命同然だがよ!ちょっと考えもんだぜ!」


「だな!飯塚さんを怪我させずにを優先するぜ!お前の単車は二の次だ!」


「クソが!」


 咥えていたタバコを掴み中指でピンッと弾く宮部。そしてそれを分かった上で挑発する間宮。


「おらおらセンパイ方よお!俺を殺しに来たんだろ!その割にゃあモブだな!遠慮すんなよセンパイ!殺しに来いよぉ!」


「ちっ…、クソが…。おい!宮部ぇ!なんかねえのか!」


 そして関谷の車の横につけ関谷の運転する車をガンガン蹴り飛ばす間宮。


「おい!『血湯血湯会』の看板掲げてる割にゃあ随分かわいい車に乗ってんなあ!赤いデミオっすかあ!」


 赤いデミオを運転しながら関谷が間宮の運転する宮部の単車へと幅寄せを繰り返す。


「ああああああああ!危ない!」


「んだあ!?宮部ぇ!危ないってお前間宮の心配かぁ!」


「単車と飯塚さんの心配に決まってんだろがああああああああ!」


 複雑な心境ながらも飯塚第一を強調する宮部。


「でもよお!マジでこれ!八方ふさがりだぜ!このまま馬鹿みてえについてくだけしか出来ねえぞ!」


「わあーってるよ!今考えてる!」


 スピードは落ちたがみつどもえの状態で一気に場が均衡する。


「こうなりゃあよお!間宮より先にあのおっさんの車ぁ止めちまうかぁ!」


「でもよお!間宮の狙いもそれっぽいぜ!」


「どっちにしろあのデミオを止めりゃあ間宮も止まる!そうなりゃあ白兵戦だ!一気にケリつけられんぜ!それしかねえだろ!」


「りょうかい!」


「いや待て!」


 宮部が異変に気付き叫ぶ。間宮の異変に宮部が気付く。飯塚が力を振り絞り間宮にスリーパーホールドをかけていた。


「あん!なんよこれ!飯塚さーん!」


「…うるせえええええええええええ!てめえとのタイマン勝負はまだ終わっちゃいねええええええええええ!」


 かなしいかな、ズタボロの飯塚には間宮の首を絞め落とすほどの力が残っていなかった。それでも根性を見せる飯塚。単車を運転する間宮ごと百キロを超えるバイク、しかもノーヘル。飛んでいいと覚悟していた。


「飯塚センパイ!このスピードで相打ち引き分け狙いっすか!死にますよ!」


「俺は死なねええええええええええ!死ぬのはお前一人だああああああ!『組チューバー』舐めんじゃねえええええええええええええ!」


 間宮の首をがっちり両腕で決めたまま飯塚が体重を横に思い切り振る。間宮の上半身が大きく揺れる。それでも単車は揺らさない。間宮の運転テクニック。


「無駄っすよ!例え目隠しされようと俺の運転にやあ影響ねえっすから!残念っすね!でも見直したっすよ!飯塚センパイ!」


 パーン!


 みつどもえの状態で並走する赤いデミオとバイク二台。その後ろから白いクラウンが迫る。発砲音で振り返る宮部。バックミラーでそれを確認する間宮、新藤、そして関谷。そこにはクラウンに箱乗りして拳銃を構えた伊勢の姿。


「ちっ。しつこいやっちゃのお。伊勢ぇ…。そんなに死に急ぐか…」


 関谷が運転しながら呟く。そして二発目の銃声。


 パーン!


 跳弾。


 奇跡ではなく結果。弾丸は関谷の運転する赤いデミオの左前輪に当たる。コントロールを失うデミオ。


「あぶねえ!」


 宮部と新藤が同時に叫ぶ。そしてその直後。間宮が運転する単車は関谷の運転するデミオに巻き込まれる。間宮が本能でハンドルを握っていた手を離す。そして宙に飛ぶ間宮と飯塚。


「飯塚さん!」


 スローモーションのように目に入る景色を見ながらも間宮の首を決めたままの飯塚が思わず声を漏らす。


「へ?」


『別れを悲しまず』


 間宮は冷静に同じくスローモーションで飯塚と同じ景色を見ていた。死を覚悟するどころかいつかその時が来るとなんとなく思っていた感覚。それが今か、と。ただ終わるだけ。いてえのはやだなあ、と。

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