第366話このラッキーマンが
「お前は今までオナった回数を覚えているのか?」
間宮のおちょくるような答えに飯塚がさらに吠える。
「舐めてんじゃねえええええええええ!義経君も!義経君のお兄さんも!」
「あ?義経がなんだって?」
「うるせえ!勝手に喋んじゃねえ!義経君のお兄さんがお前になにかしたのかあ!俺を殺りてえんなら真っ先に俺んとこへ来ればいいだろがああああ!こんな蛇みてえなやり方しやがってよお!」
「あんたになにが分かる」
飯塚の言葉に間宮が逆に冷静さを取り戻す。
「分かるわけねえよ!分かるわけねえだろ!他人の気持ちなんか誰かが分かるわけねえだろ!」
「あんたさあ。言ってることが無茶苦茶だろ。他人の気持ちが分かるわけないって当たり前だろ。漫画やアニメじゃねえんだからよ」
「そうだ。けど想像することは出来るだろ。それが人間だろ。義経君も苦しんでる。義経君のお兄さんだって苦しんだ。義経君はお前のツレだろ」
「…」
「黙ってんじゃねええええええええええ!ツレだろうがあああああああああああ!」
「義経がそう言ったのか」
「なに?」
「義経が苦しんだって。本人がそう言ったのかと聞いてんすよ」
「考えりゃあ分かるだろ。お前みてえなクソだろうと見捨てられねえ。たなりんとの友情も大事にしたい。でも両方を選べない。どっちかを選ばなきゃあならねえ。それはお前のことをツレだと思ってるからだろうが!」
「俺は義経に無理強いしたことはねえよ」
「だから義経君は苦しんでんだよ!お前に決めてもらったほうがどれだけ楽か!お前はそれを無理強いしてないって言いながら義経君に丸投げしてんだよ!」
「丸投げ?」
「ツレだったら最後までついて来てくれってなんで言えねえ!少なくとも俺のツレの健司はそういう奴だ。てめえがどんだけカッコ悪くなろうとそれを言える強さを持ってる。お前は健司からなにも教えて貰わなかったのかよ!いや違う!なにも学ばなかったのかよ!お前は健司のどこを見てた!健司の拳から学ばなかったのか!だったら健司に代って俺がぶん殴ってやるよ!」
「あんたになにが分かる…」
冷静さを取り戻した間宮の心はもう一度飯塚の言葉で激しく揺さぶられる。そんな間宮へ被っていたヘルメットを脱ぎ捨てながら飯塚が歩み寄る。
「あ、飯塚さん!ヘルメットは脱ぐんじゃねえ!」
あらかじめ対間宮に備えて『絶対にヘルメットは脱いじゃダメですよ。あいつも元藻府藻府ですから。なんでもありっすからね』と口酸っぱく宮部から言われていた飯塚。ただその場の怒りと勢いが間宮には理屈じゃない、裸でぶつかんねえと伝わらないと本能で感じ取る。
「健司に代ってぶん殴ってやるよ。このガキんちょがあ」
そう言って飯塚が思い切り拳で間宮をぶん殴る。宮部もすぐに分かる。間宮は避ける気がない。今の一発はわざと顔面で受けやがった、と。
「…んだそりゃあ」
「うるせえええええ!」
飯塚が二発目を繰り出す前に間宮の裏拳一発で宙に飛ぶ。
ゴキッ!
「グハッ!」
「ぐはじゃねえよ」
間宮の二発目、三発目。間宮のラッシュにサンドバックとなる飯塚。
「京山さんに代ってだと…。舐めんなよ。このラッキーマンが。あんたになにが分かる。ムルソーは死刑になった。母親の葬式の翌日に女と海水浴に行っただけで人の心がねえと言われた。人生ってそんなもんだろ。どれだけ自分の正しさを主張しようと誰も聞いちゃくれねえ。だったらてめえが強くなるしかねえだろ。強さとは正義だ。そして力だ。俺がなにしようと『太陽が眩しかったから』つえばそれで通るんだよ。俺がムルソーだったら死刑にはならなかった。他者の理解を得ることを諦めようと絶望なんざしねえ。力が人を動かす。俺が言えばそれに従う。従わねえ奴は全員蹴散らしてきたぜ。その先にあるのが楽園。俺についてくればそこへ連れていってやる。世良もだ」
ハナから勝ち目のないタイマン勝負。道具を使わないのが間宮の飯塚への敬意と教育のあらわれ。見た目は少し背の低い普通の大学生のような間宮が繰り出す一発一発が強烈な攻撃を受け続ける飯塚。それでも飯塚の目は死んでない。間宮の言葉を聞き逃さないよう踏ん張る。絶対に手を出すなと言われていた宮部は黙って二人を見つめる。飯塚の根性を目に焼き付ける。
「たなりんだってそうだ。みんなまとめて楽園につれてってやるよ。あんたはどうすんだ。京山さんの靴が舐めれんのか。だったら一緒につれてってやんよ」
そう言いながら蹴りを放つ間宮の足をボロボロになった飯塚ががっちりと両手で受け止める。そして。
「少し黙れ」
「あ?」
「黙れっつってんだよ!」
そう叫びながら掴んだ間宮の右足を両手で飯塚が思い切り引っ張る。
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