第367話ジャイアンのコンサート

 そのタイマン勝負を見ていた宮部にはどうなるかが見えていた。飯塚が両手で掴んだ間宮の右足を思い切り引っ張ると同時に間宮の体が宙に浮く。飯塚の力で浮いたのではない。自らの左足で体を浮かせたのだ。そして飯塚の顔面へ思い切り左足を放つ間宮。ノーガードの顔面に強烈な蹴りを食らって飯塚の掴んでいた両手の力が抜ける。そのまま右足に力を入れて飯塚の拘束からすり抜け上半身から地面へ上手く受け身を取りながら倒れ込む間宮。間宮と違い、強烈な一撃で脳を揺らされた飯塚は痛みと引き換えに平衡感覚を失い地面に倒れ込む。それを確認し、タバコを取り出し口に咥える宮部。


「おい。間宮ぁ。火ぃあるか」


「あ?」


 その場に立ち上がった間宮が冷たい視線を宮部へ投げかける。


「火だよ。火。てめえとここまで遊んでやってよお。火ぐらい貸せとは言わねえ。くれ」


 間宮がポケットからジッポライターを取り出し宮部へ投げる。それを受け止める宮部。


「あぶな。こんなかてえもん投げんなや。百円のでいーんだよ。百円ので」


 そしてそのジッポライターで咥えたタバコに火を点ける宮部。そして続ける。


「てめえとこうやってくっちゃべるのは久しぶりか。朝マック以来か。あんときゃあツラ合わせただけか」


 饒舌な宮部と沈黙の間宮。


「時間ねえんだろ。てめえも吸うか?言っとくがライターは貸せねえぜ」


 タバコの煙を吐きながら宮部が続ける。


「てめえは羨ましいよなあ」


 宮部の言葉を黙って聞く間宮。


「飯塚さんが本気で怒ってよお。一発貰ってよお。いいよなあ。痛かったか?いてえよなあ。いてえはずだ。京山さんのげんこつも痛かったがよお。飯塚さんのもおんなじぐらいじゃねえの。間宮よお」


 宮部も間宮へ冷たい視線を投げかけながら言う。


「チーム割ってよお、半グレ転がして。ヤーさん転がして。今度は『楽園』だと。いてえなあお前。昔っからそうだっけ。お前って」


 咥えタバコのまま、ジッポライターをカチャカチャ鳴らしながら続ける宮部。


「力だとかよお。強さぁ?正義?そうだったわ。お前は昔っから痛かったわ。そして口だきゃあ番長で実力が伴わねえ。お前の言う力ってのは幻なんじゃねえの。小難しいことだきゃあ一人前でよお。結局お前の言うラッキーマン一人倒せやしねえ」


 宮部の言葉に間宮が反応する。その瞬間、地面に倒れ込んでいた飯塚が間宮の足首を掴む。


「…どこ見てんだあ。おりゃあ…まだまだ…やれんぜ…」


 ズタボロになりながら必死ではいつくばって間宮の足首を掴み立ち上がろうとする飯塚。それを見て間宮の心に苛立ちが。


「間宮ぁ。気にすんな。飯塚さんがつええのもあるがお前がよええだけだ。安心しろ」


 宮部の言葉に間宮が再度ブチ切れる。飯塚の頭をサッカーボールのように思い切り蹴り上げる。強烈な縦へのベクトルで飯塚の頭がヤバそうな勢いで宙に浮き、地面に叩きつけられる。そしてそこからあの世良義正をも沈めたラッシュを再現する間宮。安全靴を履いてないとはいえ一発一発が強烈な間宮の攻撃、ラッシュ。それでも飯塚は負けを認めない。心を折らない。


「…今のは、ちょっとだけ痛かったぞ…。ははっ…」


「間宮ぁ。その辺でやめとけ。俺はお前と違ってインテリだが本は読まねえ。お前の本好きはモテ意識からだろ。でもな。ある人から聞かせてもらった話があってよお。それが今のお前にピッタリでな。『北風と太陽』っつう話だ。お前が言う力?正義?強さ?そういうのがいくら頑張ってもお前の言う『楽園』についてくる人間は上辺だけの人間だ。そういうので心は折れねえし溶かせねえ。ジャイアンのコンサートにジャイアンの歌目的で来る奴はいねえだろ?そういうことも分かんねえのか?」


「宮部ぇ…!てめえもまとめて殺ってやんよぉ…。クソが!」


「おっとタイムオーバーだわ。吸い終わっちまった。続きはWebでってやつだ」


 そう言って宮部が咥えていたタバコを指で摘み、ピンッと中指で弾く。

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