第322話『留置所』がいっぱいー♪

 世良兄の『長い一日』は二日目に突入する。


「おい。ここは俺の事務所であり間違いなく安全だ。見張りもいる。だから安心して寝ろ」


 深夜の『タピオカ』。それでも不良が寝るにはまだ早い。


「すいません。いろいろあって睡眠時間も不規則で。あんまり眠くならないんです。寝てもすぐに目が覚めますし」


「あ。族あがりの元半グレにしちゃあお嬢ちゃんだな。怖いもんを知るのも大事だがあんまりビビりすぎるのもあれだ。勝手に敵を想像で大きくするな。怖さってもんは想像すればキリがない」


「ですよね…」


「そうだ」


 そしてタバコに手を出す忍。それを見て、こいつ、タバコも吸わせて貰ってなかったのかと思う世良兄。そしてタバコは沈黙の時間を自然に流す役割を果たす。忍の相手をしながら今日の売り上げ台帳に目を通す世良兄。世良兄は風俗も闇金も深夜営業はしない。日計表は遅くともジャスト0時には事務所へ集まる。


「…怖え」


「ん?何だ?」


「すいません。やっぱ今は恐いっす…」


「当然だろ。俺がお前の立場でも恐怖を感じる。筋モンに拉致されてチャカで弾かれ、帰る場所もなく今度は昨日まで味方だったものから的にかけられる。怖くない方が異常だ」


「…」


「仕方ねえ。眠剤飲むか?」


 世良兄もオイタした客を飼い犬のように使う。眠剤も常時大量にしまってある。こういうものはあればあるほどいい。ストックがどんどん増えようが毎月心療内科を数軒はしごする犬がいる。


「すいません…。貰っていいですか」


「ああ。今は寝た方がいい。お前、眠剤は初めてか?」


「飲むのは初めてっす」


「少量にしとけ。飛ぶぞ」


 その短い言葉に多くが詰まる。


「とぶ…んですか…?」


「ああ。半錠にしとけ。ほらよ」


 5ミリグラムのセルシン錠とペットボトルを受け取った忍が掌のそれを眺めながら固まる。世良兄が気を利かせる。セルシン錠は睡眠薬ではない。抗不安剤である。それでも眠気効果は十分ある。いきなりハルシオンなどの強い睡眠薬を飲ませれば半錠でも飛ぶ。常習化する。忍をラリパッパにしたら意味がない。


「大丈夫だ。半錠なら初めてでも飛ばん。俺もいる。普通に睡魔が来てコロリだ」


「そうなんすか?」


「ああ。俺も医者じゃねえ。だが『経験談』ってやつだ。あと水で飲め」


 世良兄は日計表を見ながら忍の方を見ずに会話を続ける。それが忍の心を逆に軽くさせた。そしてセルシン錠を口に含み、それをペットボトルの水で流し込む忍。それをチラ見で確認していた世良兄が言う。


「あとはベッドで横になってろ。いきなり睡魔は来ねえ。人によって効き目が現れるまでの時間はまちまちだ」


 世良兄の言葉で傷付いた足を庇いながらベッドに寝転がる忍。


「世良さん」


「なんだ」


「闇金と風俗ってどっちが儲かるの?」


「あ?お前は俺に『お話』をして欲しいのか?」


「いや。ただの興味本位っす」


「まあいい。目を瞑れ。儲かるのは断然風俗の方だ。しっかりとシステム化すればあとは日銭が安定して転がり込んでくる。ぼろい商売だ。お前もデリをやってたんなら一日にどれぐらい稼げるか分かるだろう」


「そうっすね…」


「そんなことより『留置所』の話でもするか。お前も族あがりの元半グレなら警察は所轄が変われば国が変わるぐらいなのは知ってるな」


「ええ、まあ…」


「その警察がたまーに協力することがある。『留置所』だ。『留置所』がいっぱいって知ってるか」


 世良の長い話が始まる。




「ええええ!あなたがあの動画の!?てことはひょっとして?」


「そうそう。泣く子も黙ってなんとやら。この方は」


「世良くぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!ちょっといいかなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 何とか義経の暴走を止めようとする飯塚が会話に割って入る。しかし。


「十代目『藻府藻府』総長の宮部さんですよね!?」


「へえー。お姉さん、お詳しいっすねえ」


「やだあー!『藻府藻府』の宮部さんの名前は有名ですよおー。うちの地元じゃ有名人ですから!前の動画でさらに漢をあげられてましたし。えー、嘘ぉー!あの宮部さんとこんなところで、嘘ぉ!マジでぇ!」


 飯塚の気苦労も無意味に終わる中、たなりんのハートはサイレントにジェラシーしていた。

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