第282話流れる汗もそのままに
「すいません。お待たせしました」
「お、間宮さん。先にやらせてもろとるで」
「いえ、遅れたのは自分なので」
「ま、座れや。ごたごたの方はどうした」
「伊勢さん。電話でも言いましたがたいしたことじゃありません。片付きましたんで」
「何飲まれますか?」
キャバ嬢が間宮に訊ねる。
「あ、オレンジジュース」
「なんやあ。間宮さんは飲まれへんのかいな」
「酒は苦手なんですよ」
「小泉さん。こいつは酒も女もてんでダメなんですよ。いろいろ教えてやってください」
「伊勢さん。まあええがな。それで間宮さん。今日の本題やが」
「その前に伊勢さん。女連中は全員席外させてもらえませんか。あと小泉さんのお連れの若い方もです」
「おい。間宮。小泉さんに失礼だろ。何てめえが仕切ってんだ」
「まあまあ。話が話なんでな。おい。お前ら。すこおしの間、向こうで姉ちゃんらと飲んどけ」
「しかし…」
「わしが言うとんや。あ」
「分かりました」
「伊勢さん。あんたもだよ。席外してもらえるかなあ」
「何だとこの野郎」
間宮へ突っかかるフリをする伊勢。
「まあまあ。伊勢さん。これは組とかではなくあくまでもわしと間宮さんとの個人的な話なんで。電話で済ますんもあれなんで。なあ、分かるやろ」
「はあ、まあ、小泉さんがそうおっしゃるなら」
「壁になんちゃら、障子になんちゃらっていいますから」
「ちっ」
そして伊勢も席を外す。テーブルには小泉と間宮の二人きり。
「例の宿題の件や。さっきも言うた通り電話で済ますんもあれやからな。足運ばせてもろたわ」
「すいません」
そこで意外な男がテーブルの前に立つ。
「なんじゃおんどれ」
小泉が男を見上げながら言う。
「すいませんね。壁になんちゃら、障子になんちゃらのなんちゃらです」
さすがの間宮もこの男の登場までは読めなかった。世良兄である。タバコを咥え、火を点けながら間宮が小泉へ世良兄の紹介をする。
「小泉さん。この街には『肉球会』と『蜜気魔薄組』、それ以外にまあ半グレやら愚連隊やらといくつかあります。日本全国どの街に行っても同じようなもんかと。この人は瀬和さんと言いまして『肉球会』、『蜜気魔薄組』にも負けないぐらいのこの街の顔役な方です。ですよね。瀬和さん」
「この街で手広く商売させてもらってます瀬和と申します。よろしくお願いします」
「その瀬和さんがこの場に何の用や。わしのことは知ってるんやろな」
「当然です。『身二舞鵜須組』若頭の小泉さんですね。初めまして。今日は少しだけお話を。出過ぎたことをしているのは承知の上で大事なことをお伝えしたくこのような真似を致しました。非礼はよくお詫びします。少しだけよろしいでしょうか」
「小泉さん。いいんじゃないですか。この街の顔役である瀬和さんがご忠告したいとのことだそうですよ」
「間宮さんがそう言うならええやろ。瀬和さんって言うたな。何や。言うてみ」
そして世良兄がストレートを放り込む。
「その間宮って半グレは危険すぎます」
「あ?」
訳が分からない小泉、世良兄の言葉に思わず笑ってしまいそうになる間宮。
エンジニアで腹を死ぬほど蹴り上げられた江戸川。ぐったりした江戸川の顔面に巻かれた血染めの包帯をほどく宮部。
「んだよ。こりゃあ。キャッチャーマスクに鉄板を取り付けてんのか。鉄仮面じゃねえじゃん」
そして片手で江戸川の髪の毛を掴み近くの巨木へと引きずる。傷だらけの修羅場となっている江戸川の顔面を剥き出し状態にし、両手で巨木にその顔を押し付け思い切り真下へと引きずる。大工がカンナで木をえぐるように。巨木の樹皮の摩擦で江戸川の顔が削られる。
ズルズルズルズル!
「んがあああああああああ!」
「おう。綺麗に平らにしといてやったからよお。有名な絵師さんに頼んでハンサムな顔に描いてもらえや」
長谷部をやられた怒りで江戸川を圧倒した宮部。
(へえ…。宮部ね。つええじゃん)
義経も宮部と江戸川のタイマン勝負を目の当たりにし、そう思う。
「あとはあのロン毛のあんちゃんか」
天草と新藤のタイマンは徐々に新藤が押していた。天草は江戸川、三原が瞬殺に近いやられ方をしたことで明らかに平常心ではない。
「勝」
「おす!」
「待機してる連中に連絡。長谷部と宗助の代わりに田所さんと飯塚さんをこっちにと。残りのメンバーは引き続き待機」
「おす!」
そして田島公園近くからダッシュで飯塚と田所が現地へ走る!
「いくぞ!飯塚ちゃん!」
「ほいな!田所のあんさん!」
今のたなりんにはこの二人が、特に飯塚さんが必要だと判断した宮部。宮部のご指名に応えようと全力で走る二人。
「たなりいいいいいいいいん!待ってろよおおおおおおおお!」
走る『組チューバー』!
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