第269話(仮)五人目の『組チューバー』

「ほう。『肉球会』、神内さんの本気が伝わる金額ですね。ユーチューバーって本気でやるにはそんなに金がかかるもんなんですか?」


「いえ。この金額は僕が実際に見積もりを出したり要求した金額じゃないんです。神内さんが金庫からポンッとです」


「ほお。ポンッとですか」


「はい。ポンッとです。田所のあんさんと二人でやると最初に決まりましたんで。田所のあんさんの当面の生活費やそういうのも入っていると思います。定職に就かずに『組チューバー』に専念できるようにと。実際はカメラとかパソコンや編集機材は最低限、僕が揃えて持ってましたので。でも田所のあんさんも真面目にパソコンに向かう日々です。実際に編集スキルも身に付けてくれてます。コツコツ努力しながらです」


「私の時の話をしますね。神内さんが私にシノギの件で相談してきた時です。実際に『無料情報館』や『広告屋』を開業するにはお金がかかりますよね。『肉球会』は私にいくら出したでしょう。分かります?」


「さ、さあ…。僕と同じぐらいですか?」


「違います。正解はゼロ円です」


「え?そうなんですか?ゼロ円で開業出来るもんなんですか?」


 ここで世良兄が新しいタバコを咥え、火を点ける。そして懐かしそうに昔を思い出すように、天井へ向かって伸びるタバコの煙へと遠い視線を送りながら口を開く。


「あの時は金の流れに関しては私はノータッチなんです。そうですね。あの時も田所さんが窓口となり、私は田所さんに指示を出すだけでした。まずは物件を抑えることからでしたね。ハコの名義は…、まあ借りたんでしょう。この街の繁華街にはホテルも多い。夜の商売も多い。車のいらないデリヘルも多い。見かけたことありません?『ガラガラ』を引っ張りながら歩く商売女とかを」


「あ…、よく見ます…」


「あれは昔からあるホテヘルにデリヘルが対抗する『技』なんです。今は既得権でホテヘルの受付は新しくは作れません。この街に存在するホテヘル、つまり受付所のある店、実際に写真で女性を選べる店って少ないんですよ。デリヘルはドライバーが女性を運ぶものと思われがちですが都会ではそうじゃないんです。まずドライバーを使えば女子の移動時間が無駄になります。移動に一時間も二時間もかけてたらその時間で一万、二万と稼がせられます。次にドライバーの人件費やガソリン代が無駄です。それにドライバーと車の中に在籍女性を一緒にってのは。まあ色恋トラブルの元です。だったら事務所の近くのホテル、受付所から女子が歩いて数分でいけるホテルへ客に来てもらった方がいいでしょ?」


「あ!」


「そうです。飯塚さんも遊んでますね」


「ま、まあ…」


 赤面する飯塚。


「今度うちでも遊んでくださいよ。女子のバック分だけでいいですから。まあ、そういう冗談はさておき」


 え?冗談なんですか?と思う飯塚。いや、女子のバック分と言ったら正規の料金の半分くらい?遊びたい!冗談で流さないでーとも思う飯塚。世良兄が続ける。


「うちの事務所近くのホテルなら交通費無料にすればいいだけなんです。下手に隣街のホテルへ呼ぶような客にはべらぼうな交通費を提示すればいいんです。エリア外交通費五千円とホームページに表記すればホテル代もけちる時代ですからね。交通費五千円別途で払うぐらいなら百数十円の切符を買って電車でこの街まで来てくれます。そこで『無料情報館』です。ネットに繋げていないパソコンを置いて契約店の顔出し写真を見れるようにすればホテヘルの事務所に負ける要素がありません。何しろモザイク無しの顔写真から選べるわけですからね。それに契約店が増えれば多くの店の女性のモザイク無しの顔写真や全身写真から選べます。待ち時間は『無料情報館』のスタッフに聞かなくても自分の携帯で店に電話すればいい。そして金の受け渡しだけホテルでする。当時はそういうのをやってるところが他にありませんでした」


「てことは。その仕組みを考えたのは世良さんですか?」


「ええ、そうです。まあ、あそこの『無料情報館』はすぐに大成功しましたね。今ではいろんなところがまんま真似してきましたんで売り上げはかなり落ち込んだと聞いてますが」


「それは酷いですね。ユーチューブの世界も新しい受けるコンテンツが世に出ればすぐにみんなが真似しますが…」


「まあ、世の中には『特許』ってものがあるんでしょうが、風俗の世界にはそんなぬるいものはありませんからね。それに『肉球会』がやってる『無料情報館』にはうちの店は全店無料で掲載してもらってますんで」


「それが世良さんへの見返りみたいなもんですか?」


「そうと言えばそうです。ただ、うちの店は繁盛店です。なんだかんだ言って客は女で選びます。うちの女子の質は高いです。うちで遊びたい客は多いんです。その状況で『肉球会』の『情報館』だけの特別割引を出せば。客はどの情報館で見ましたと言いますので。うちの店で遊ぶなら『あそこの情報館』を見ましたと言えばいいってなってるんです。集客の面でうちは昔から今でもかなり役には立っているということです。『広告屋』は女子の求人とかですね。あとは情報サイトなどです。実際にそれらを運営しているところは安く代理店に卸してます。うちだけはその卸値でやってもらってます。闇金の広告なんかは高収入、ナイトワーク系の求人が反響ありますからね」


「へえ…。勉強になります」


「そうですか。それはよかった。今度ユーチューブのネタにするなら協力しますよ。最初の話に戻ります」


 え?『組チューバー』に世良さんが協力してくれる?と思う飯塚。おお!取材は女子のバック分だ!とも浮かれる飯塚。


「それは助かります。是非お願いします!それで最初の話とは?」


「ヤクザは所詮ヤクザって話です。実際に今より経験も浅く、若かったこともあるんでしょう。『肉球会』も極道です。ヤクザです。毎月会って金を渡していたといっても慣れるもんではありません。まあ怖かったってのが本心です。電話でも言葉一つ間違えればと考えると相当神経を使ってましたね。そんな相手のシノギを手伝えってなれば最悪のことをまずは考えるのが当然でしょう」


「まあ、そうですね」


「失敗は許されないと思ってました。まあ、とにかく成功を目の当たりにするまで怖かったです。だから飯塚さん。君が『いい人』、『いい人』と言ってるの見て警告の意味で最初の発言でした」


「確かにですね。言われてみれば分かるような気がします」


「君は『組チューバー』が成功する、実際に多額の金を生み出す確率をどれぐらいと考えていらっしゃいますか?」


 え?うーんと思う飯塚。確率と言われましても…とも思う飯塚。


「ユーチューバーの世界は甘いものではありませんと自覚してます。僕自身、一度失敗もしてます」


 飯塚の言葉を黙って、真剣な表情で聞き続ける世良兄。


「ただ手ごたえは感じてます。実はすでにユーチューブではありませんが再生回数百万越えの作品を撮った実績があります」


「百万越えですか?」


 ここで後の五人目の『組チューバー』となる世良兄が飯塚の言葉に食いつく。

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