第268話奴はもう『モンスター』と表現した方がいい

 新しいタバコを咥えて火を点ける世良兄。


「ここからは大人の話になります」


 飯塚はタバコを一度も吸わずに世良兄との会話に集中する。また目上の人の前ではタバコは吸っちゃいけないとの考えもあった飯塚。と、同時に「大人の会話」、僕はまだ世良さんに比べたら全然お子ちゃまなんだろうなあとも思う飯塚。コーヒーが入ったカップはすでに二つとも空になっているが飯塚だけはカップの底に少しだけ残っている液体を何度も口に運ぶ。そういう仕草も世良兄は見逃さない。


「飯塚さん。『模索模索』の間宮は危険です。京山さんとタイマンですか。ボーガンで京山さんを撃ったのは本職の伊勢です。じゃあ『肉球会』若頭補佐である裕木さんを襲ったのは誰かご存じですか?」


「間宮ですよね」


「そうです。アイスピックでメッタ刺しです。それがどういう意味か分かりますか?」


「意味ですか?おっしゃる通り危険な奴であると…」


「想像してください。普通ならそんなことすればいくら未成年だろうがシャバにはいられません。しかし奴は普通にシャバで暮らしてます。日本の警察って優秀ですが馬鹿なところも多いのが現実です。正義も金で買えるのが現実ですよ」


 そこで察する飯塚。


「『模索模索』は警察まで」


「どうでしょう。警察にもいろいろいます。交番勤務のお巡りさんと本署の刑事ではまた違います。それに警察の個人とツーカーになることはそう難しくはありません。ヤクザと警察ってのは持ちつ持たれつなところがありますんで。お互いメンツを大事にする生き物です。警察もメンツを潰すようなことをしなければ、まあ、ギブアンドテイクですかね。ノルマに協力してやれば表向きは怒鳴り散らす熱血漢でも裏では『わりいな』と金を受け取ります。あと、所轄が違えば国が違うぐらいと言っていいほど対応も変わります。族の連中がパトカーに追われてようがそのパトカーの管轄の外まで逃げ切れば追ってこないのが現実です」


「それは聞いたことがありますね」


「でしょう。風俗や闇金をやってましてもそれは同じでして。本署にも一課、二課といろいろ部署が分かれてまして。連携は基本ありません。むしろ奴らは競争社会です。情報は自分らで隠し持つ、他の部署には漏らさないが基本かと。警察の考え方ってのは基本『自分らの所轄で事件が起こらない』が理想なんです。事件が起こらないイコール平和ってことですからね」


「なるほどです。すごくお詳しいですね」


「まあいろいろありましたので。で、間宮に話を戻します。奴はもう『モンスター』と表現した方がいい。血を見ながらアイスピックで人をメッタ刺しなんて破滅を覚悟した人間、強烈な怨恨でなければ出来ません。京山さんの代の『藻府藻府』も相当でしたがあそこまでの話は、まあ無茶苦茶な話をいろいろ耳にはしてましたが」


「『族』と『半グレ』の違いなんですかね」


 吸っていたタバコを灰皿に押し付ける世良兄。


「でしょうね。『藻府藻府』は一言で表現するなら愚連隊、まあケンカ屋でしたね。今の間宮みたいに器用な真似をするようなことはなかった。そして伊勢。今の『蜜気魔薄組』組長です。伊勢と間宮は蜜月関係にあります。伊勢がまだ若頭だった頃の先代、若林さんは殺されました。未だに実行犯は捕まってません。もともと対立組織だった『肉球会』にやられたと伊勢は神内さんのところに因縁つけましたが。普通に考えて先代の若林さんがいなくなれば『誰が得するか』を考えれば違うものが見えてきませんか?」


「…」


「沈黙は金なり。飯塚さんも少し大人になりましたね。『肉球会』は強いです。ただ今の時代、金がものを言います。『蜜気魔薄組』は経済でのし上がった組織です。少し昔話をします。『肉球会』の神内さんから連絡があり、私も『肉球会』のシノギを手伝ったのは話しました」


「神内さんからですか。僕は健司の紹介です」


「なるほど。私の時は神内さんでした。個人的に毎月会ってましたので」


「そうなんですか?」


「はい。独立した私は後ろ盾が欲しかった。この街は『肉球会』が仕切っていた。だから個人的に毎月金を払っていたんです」


「え?『肉球会』さんはみかじめ料とかを一切取らないのでは?」


「取りませんよ。基本は。私はどうしてもとお願いし、受け取ってもらうようにしました。今でも熊手や花ですか。『肉球会』に感謝の気持ちがある人だけはそういうのを付き合ってます。ただ良心的です。『肉球会』からそういうお金を請求することはありません」


「それは…、世良さんの職業が特殊だからでは?」


「言った通りです。私からお願いしたことです。特殊も何もこちらから言わなければ催促してくることは絶対にありません。それで私が『肉球会』のシノギである『無料情報館』、あとは広告代理店ですかね。フロントですが立派な表のシノギです。それを立ち上げる時のプレッシャーは相当なものでした。今でも覚えてますね。ベンツでの送迎、こんな若造に頭を下げる本職の方々、組の金を投資してのことです。飯塚さん。君は『組チューバー』でどれぐらいの組の金を投資されました?」


 飯塚の頭を紙袋に入れられた一千万がよぎる。そして答える。迷うがここで正直に話さないことは世良に対して不誠実だと思う飯塚。


「一千万です」


 ひゅー。


 金額を聞いた世良兄が口笛に似た音を唇で鳴らす。

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