第266話馬鹿正直な咆哮
「あ、大丈夫です」
「私に気を遣わないでください」
そう言ってタバコを咥えて火を点ける世良兄。そして続ける。
「義経とは今後もいいお付き合いをしていただけるということでしょうか」
「はい?それは…、もちろんそのつもりです」
「『つもり』?ですか?」
世良兄が一転、鋭い眼差しを飯塚へ送る。それを真正面から受け止める飯塚。
「はい。『つもり』って言葉はちょっと間違えました。すいません。実はご存じのように僕は『組チューバー』として『肉球会』さんの…、経済って言えばいいんでしょうか…」
そこで煙を吐きながら世良兄が言う。
「『シノギ』でいいでしょう。ここは私と飯塚さん、二人だけの会話ですよ。思ったことをそのまま言ってください。私も表と呼ぶには気が引ける世界に若い頃からゲソをつけてこれまでやってきました。口が堅いと自分で言う奴は信用できませんでしょう。だから約束します。ここでの発言を私は一切第三者に漏らしません。これならどうでしょう」
「すいません。世良さん。僕は最初から世良さんを信用してます。雰囲気と言いますか、世良さんと話していると『肉球会』の皆さんと話してた時と似てるように感じますんで」
「私が『肉球会』の方たちに似てる?」
意外な言葉に肩透かしを食らったような表情をする世良兄。
「はい。何て言いますか。こう、具体的に言語化するのは難しいんですが。最初に『組チューバー』の打ち合わせで『肉球会』さんの事務所へ行ったんです。最初はとても緊張してたのですが。組長の神内さんや他の方も全員こんな僕に丁寧に接してくれまして。僕の言葉を皆さん一生懸命メモにとってくれてまして」
「飯塚さん」
「はい」
「これは年上である私からの忠告です。いや、アドバイスと言った方がいいでしょう」
「なんでしょうか」
「ヤクザは所詮ヤクザです。極道は極道なんです。飯塚さん。ヤクザを『いい人』と思ったらいけませんよ。ヤクザに『いい人』はいません。それが現実です」
「…」
「ヤクザの考え方は『見返りありき』です。『自分はこれだけお前にしてやった。だからお前もこれだけ俺にして返せよ』がヤクザの考え方です。これは昔も今も変わりません。現実です」
そこで飯塚の頭の中をいろんながよぎる。
「世良さん…。世良さんの言葉はきっと正しいんでしょう。いや、正しいと思います。世良さんの一つ一つの言葉には説得力があります。だから、や、や、…ヤクザを『いい人』と思ってはいけないんでしょう。でも僕も自分の見たものを信じたいと思ってます。少なくとも『肉球会』の皆さんは昔気質でシマに生きる堅気の方を第一に考えてらっしゃいます。そして田所のあんさんは元『肉球会』です。それでもこんな僕なんかを見下したりしたことはただの一度もありません。僕が知ってる、実際に見てきた田所のあんさんは勉強熱心で…、子供たちにも人気があり…、めちゃくちゃ強いくせにとても不器用で…。以前、街の中学生たちが歩きタバコをしてたことがあるんです。田所のあんさんはその中坊にタバコの吸い殻を顔面に投げつけられ、一方的にボコボコにされながらも…土下座してまで歩きタバコは迷惑だから止めると約束してくださいと…。別に隠れて吸うのはいい、そういうことに憧れる気持ちも分かるし自分も吸ってたから、と。でも街の人たちのこととか…、子供たちのことを考えてたくさんの中坊に囲まれてボコボコにされながらも一切手は出さず…、土下座しながらお願いしてたんですね」
「飯塚さん」
「あ、すいません。ちょっと自分でも説明が下手でした。すいません」
世良兄へ田所の良さをなんとか伝えようと口下手ながら話す飯塚は話しながら涙を浮かべていた。脳内を走馬灯のように流れる田所との思い出、田所の笑顔。そんな飯塚へ世良兄が言う。
「その話はまだ続くんですか?田所さんも所詮は元ヤクザです。いくら更生しようと『いい人』と思うのは間違ってるんですよ」
吸っていたタバコを灰皿に押し付け、新しいタバコを口へ咥える世良と世良の言葉を聞いて絶望的な気持ちになる飯塚。そして。
「…」
「ん?何と?」
「…消せ…」
「飯塚さん?」
「…取り消せ」
「はい?」
「取り消せ」
精一杯振り絞った勇気。自分以外の誰かを悪く言われたり、陰口を聞かされた時に大人なら腹の中で隠す感情。そして絶対に顔や口には出さない。そんなこと分かっていた。田所のことを否定されたと思った。もう止まらなかった。
「取り消せとは何をですか?」
顔を涙でくしゃくしゃにしながら飯塚が叫ぶ。
「田所のあんさんを否定したことだあ!僕はあの人の『今』を見てきた!あの人を『いい人』と思って何が悪い!」
叫びながら立ち上がりハアハアと息を荒げながら世良兄を見下ろす飯塚。そしてそれを冷静に見上げながら口元へタバコを運ぶ世良兄。そして暫しの沈黙がこの場を支配する。
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