第189話ますだおかだ

 宮部が指定した場所に着く田所、飯塚、そしてたなりん。


「えーと、思ったより静かですね」


「ちょっと宮部っちに電話入れますね」


「あ、それならこのたなりんが!」


 そして宮部へとライン通話をかけるたなりん。


 鳴ったスマホの画面を見た宮部が電話に出る。


「はい、もしもし」


「宮部っちなりか!お疲れ!今、田所さんと飯塚の兄者と三人で近くまで来てるでござるよ!今日は撮影なりよね?気合入れてきたのでよろしくでござる!『夜』に『つゆ』の『露』に『デス』の『死』に『雇う』の『雇』で『夜露死雇(よろしこ)』なり!」


「ああ、こっちこそ。めっちゃ気合入ってんね。場所はもう少し先に歩いてもらえる。奥の方だから」


「『もっと奥』でござるな!もー、こんな時にも宮部っちはー」


「ははは…、バイクがたくさん停めてるのが見えると思うからそこね」


「え?『バイブ』なりか?もー、宮部っちはあー!」


「…とにかく迷ったらまた電話してね」


 そう言って電話を切る宮部。


「いやあ、末弟宮部っちはテンション高いみたいでござるね。『もっと奥』に『バイブ』とか言ってるでござるよ。頭の中がたなりん以上にピンクで困るなりねえ」


 たなりん…、君が言うかねと思う飯塚。


「あ、バイクありますね。あそこっすね。ああ、人もいますんで」


 田所が宮部たちを発見しそこへ近付く。あらかじめ宮部から話を聞いていた『藻府藻府』メンバーが三人を出迎える。


「オス!」


「お疲れ様です!」


「お疲れ様です!」


 先代京山の兄貴分である田所に失礼のないよう、縦社会をしっかり叩き込まれているメンバーたちが両手を後ろに回し、頭をしっかりと下げながら大声で挨拶をする。え?と思うたなりん。


「おう。お疲れ。『ますだおかだ』の田所です」


 田所の何気ない一言で一瞬、その場の空気が固まる。あ!ヤバい!と思う飯塚。すぐさまフォローを入れる。


「あ、お疲れ様です。飯塚です」


「オス!」


「よろしくお願いします!」


 うわあー、宮部っちってこの人たちをまとめ上げてるんだよなあ、やっぱすげえなあ、健司もこんな感じで挨拶されてたのかなあと思う飯塚。


「あ、僕は田中でござる。たなりんと呼んでいいなりよ」


 マジかあ!たなりん!なんだその挨拶は!と思う飯塚。


「オス!」


「よろしくお願いします!」


 たなりんにあの『藻府藻府』メンバーが…、健司や宮部の教育って言うか、組織としてしっかりしてるんだなあ、これぞ名門たる由縁かあ…、と感心する飯塚。


「さっきも言ったけどよ。この三人、田所さん、飯塚さん、たなりんを今日から『藻府藻府』のメンバーとして歓迎する。お前らよろしく頼むな」


「オス!」


 宮部の仕切りに「ほうほう、今日の撮影に宮部っちも気合いが入っているなりねえ。それにエキストラの人たちも礼儀正しいし。これはたなりんも足を引っ張ってはダメですね。それでどんな動画を撮るんだろう?」と思うたなりん。『藻府藻府』のメンバーはそれぞれが強い。『藻府藻府』のメンバーイコールシャレにならないとこの世界の人間なら知っている。常識である。ただ、たなりんにとっては常識ではない。たなりんを見て『藻府藻府』のメンバーは心で思う。


「(いや…、たなりんさんって…、喧嘩自慢の奴はどれぐらいつええとかって見れば大体分かるんだけど…、まったく分かんねえ…。でもあの京山さんの兄貴分の田所さんと五分の兄弟分の飯塚さんの兄弟分なんだよな…。分かんねえ…。でも絶対やべえ人なんだろう…)」


 そこでたなりんが宮部に言う。


「宮部っち。たなりんたちの衣装はどこなりか?」


「あ、ちゃんと用意してるよ。サイズも合うと思うんで…」


 そう言いながら紙袋から『藻府藻府』特攻服を取り出す宮部。


「これを着るでござるね。あと、たなりんの『手榴弾』や『チェンソー』はどこなりか?」


 え?『手榴弾』?『チェンソー』?と思う現役『藻府藻府』のメンバー。


「たなりんさあ。『ぐらせふばい』のやりすぎじゃね?」


「うるさい!末弟の宮部っちが次兄のたなりんに説教なりか!」


「いや、ごめんごめん。別に説教じゃないよ」


 ヒソヒソする『藻府藻府』のメンバー。


「(え?宮部『っち』?)」


「(たなりんさんって宮部の兄貴分なの?)」


「(宮部が末弟?末弟って言ったよな…)」


「(あの鬼の宮部が…、押されてる…。たなりんさんって…何者なんだ…)」


「(『手榴弾』!?『チェンソー』!?そっち系?何人か殺してるんだろうなあ…)」


 とんでもない勘違いをしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る