第178話へたへた

「おい。江戸川。一人でやれるー?」


「おう。余裕っしょ。こっち『人質』いるし」


「ああ!?『人質』だあ!?そんな馬鹿なんぞ知るか!」


「だって」


「お姉さん、可哀そうだね。こういう『ブラック企業』で働いてるからあー。これも勉強だね。典型的な部下の責任を取らないタイプってやつ?」


 間宮がそんなことを女へ言ってる間に江戸川が新しく現れた男どもの集団に突っ込む。その速さに集団の先頭に立っていた男は対応が一瞬遅れる。こうなると素人は上半身を庇う。江戸川は相手をよく見てケンカする。エンジニアの先端で無防備な足、しかもすねをトゥキックで蹴り上げる。そして二撃目をすぐさまガードのとれた上半身、顔面へ掌底を繰り出す。後ろの集団へ倒れ込むように狙う。狭い空間で大人数を相手にするにはこれがいい。


「下手下手」


 江戸川にいいのを食らった先頭の男が邪魔で後ろの金属バットを持った男もそれを力いっぱい振れない。江戸川の頭には瞬間的に『二択』が。金属バットをエンジニアで蹴り上げる?かわして『てこの原理』で金属バットを奪う?一瞬で後者を選択。かわした金属バットを握り締めそのまま『一本背負い』の体勢に入る江戸川。両手で金属バットを握った男は右上から左下に振り下ろした。『左』の一本背負い。金属バットを持った男の腕は逆によじれる。必然的に手をバットから離す。そして金属バットを奪い取った江戸川はそれを『振らない』。右手でグリップ部分を、左手で太い部分を握り『ヤリ』のように使う。


「おらおら。しっかりガードしろよー」


 江戸川の繰り出す『ヤリ』は鬼のように速く、与えるダメージもデカい。相手をしっかりと見ながらケンカする江戸川はすぐにターゲットを捉え、狙える急所を判断しながら次の攻撃も考えながら、将棋を打つようにケンカする。顔面が狙えるなら顔面を突く。腹に入れられるなら腹を突く。初撃でどこが空くか。そしてこの『ヤリ』は防御も兼ねる。下手に刃物を出しても意味がない。江戸川のエモノの方が『リーチ』が長い。


「どけえ!」


 ゴルフのアイアンを握り締めた腕に自信がありそうな男が怒鳴る。が、間宮がテーブル席の固い灰皿を力いっぱいぶん投げる。男どもは江戸川に気をとられ間宮は完全ノーマークである。間宮の一投がアイアンを握り締めた男の後頭部に直撃する。男は呻きながら崩れ落ちる。


「おいおい。一人でやれるか確認したけど二人でやらないとは言ってねえぞ」


 現れた男たち五人のうち四人がのされる。


「だからよお。下手なんだよ。お前ら。あ、バット返しとくな」


「おい、お前」


「は、はい…」


「この店はお前らの店?」


「あ、いえ、その…」


「この辺は『身二舞鵜須組』が仕切ってんだろ。あ、フロアごとに違うならごめんな」


 繁華街やこういう店では店ごとに、フロアごとにケツ持ちが違うのが都会の常識。


「ちょっと俺じゃあ分かりません…」


「え?どいつが『上のもん』と連絡取ってんの?」


 間宮の灰皿でうずくまっている男を指刺す。


「だって。おい。お前。あれだけで戦闘不能じゃねえよな。電話ぐらい出来んだろ」


 間宮の言葉に頭から血を流しながら呻いている男が頭を押さえ睨みながら間宮を見上げる。


「うるせえ、待ってろこの野郎。お前ら死んだぞ。今から『身二舞鵜須組』の〇〇さんがここに…」


 江戸川がエンジニアの先端で男のどてっぱらにトゥキックを捻じ込む。激痛で悲鳴を上げる男。


「お前さあ、よええ癖に偉そうなんだよ。さっさと携帯出せや」


 激痛のなか、なんとかスマホを取り出す男。そして電話をかけようとする。


「何やってんだよ」


「…あ?」


 江戸川がもう一撃と足を振り上げる。


「や!やめ!」


 男の言葉に止まる江戸川。そして間宮が言う。


「よええんだから言われたことだけ馬鹿みたいにやれよ。お前のスマホのセキュリティーをすべて解除しろ」


「…え?」


「お前のスマホを借りてくからよ。俺らが好きに使えるようPINコードやパスコード、指紋認証もすべて解除しろってんだよ。十秒以内にやれ。十秒でやんなきゃもう一発顔面にいくぜ。はい。じゅー、きゅー、はち」


 間宮の言葉で急いで自分のスマホのセキュリティーを解除しようとする男。


「ちょ、ちょ、よく分かんねえ。十秒じゃ無理…!」


「『設定』から入って『生体認証とセキュリティ』」


 そして男のスマホを奪い店を出る二人。


「おい。さっさと手当してやれよ。あと俺ら飲み食いしてねえから。金はいいだろ。『殴り放題』、『壊し放題』の方はお前が立て替えといて」


 無傷の男にそう言い残し。


 そして間宮と江戸川がキャッチの男と偶然再会する。


「おお。よかったな。お前、殺されねえで。あそこいい店だったわ。ついでに漫画喫茶へ案内してくれよ」


 信じられないものを見るような目で二人を見ながらキャッチの男は漫画喫茶へと二人を案内する。

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