第141話ウーバーなんちゃら

「すいませんね。伊勢さん。いや、『蜜気魔薄組』組長さん。あんまり目立つ場所だとあれなんで」


「あ、おめえがそんな気を遣う野郎じゃねえのはとっくだよ」


 『藻府藻府』が使っているボロアパートの一室。二人きりで会う『蜜気魔薄組』新組長伊勢と間宮。ボロアパートだが冷蔵庫や机など最低限のものはある。缶ビールと灰皿が載った机を囲む二人。


「それで『肉球会』との和解はどうなりました」


「ああ。若林の『引退』で水にしてもろうたわ。向こうさんも本心では終わっとらんことも分かっとるやろお。まああそこの親分さんは穏健派でもあるからな」


「へえ。向こうは補佐まで襲われて水ですか。それは穏健派ですねえ」


 伊勢がタバコを取り出し咥え、火を点ける。


「あれはうちじゃなく半グレの『模索模索』がやったことで通した。ま、本来ならおめえに『返し』が来るんやろうが」


「へえ。『肉球会』がうちに『返し』ですか」


 タバコの煙を吐き出し、伊勢が答える。


「まああそこはよお。神内の親分さんの言葉が絶対やからのお。おめえが何もしなけりゃ『返し』もねえんじゃねえの。実質、うちのトップだった若林の『引退』で俺がやった下っ端の組員一人の怪我を水にしてもらったようなもんだ」


「へえー。そんなに『肉球会』と『蜜気魔薄組』では力関係に差があるんですねー」


「おめえよお。俺に言ってんのか。まあ、仕方ねえ。若林がボンクラしか育ててねえからこうなる」


「それで『蜜気魔薄組』さんの方は伊勢さん一本で固まったんですか」


「固まるも何も『固めて』いくしかねえよ。まあ、『血湯血湯会』の名前で腰が引ける連中がほとんどで俺も今の組員の大半は信用してねえ。まあ、俺に最初からついてきてる数名は使えるやつらだが。いずれはおめえがうちを食うんじゃねえか」


 咥えタバコのまま、伊勢が鋭い視線を間宮へ送る。


「俺は『代紋』や『組の看板』には一ミリも興味はないっすよ。時代じゃないっしょ」


「だなあ。だがよ。俺は極道だからよお。この業界でどんどん上を目指すしかねえんだわ」


「らしくないっすねえ。『金』ですよね?」


「まあな。だがよお。今は『金』を集められるんがつええんだわ。それでこれからどうすればええ。おめえの言う通り『踊って』きたぜ。おめえも『身二舞鵜須組』をとってくれんだろ」


「伊勢さん。物事にはすべて順番というものがありますんで。まず、約束通り、『模索模索』は伊勢さんの『影』の部分をすべて引き受けますよ。今、『ウーバーなんちゃら』ってあるじゃないですか」


「ああ?あのチャリンコで出前してるやつか」


「ええ。あれです。あれってよく出来てますよね」


「どういう意味や」


「あの人たちってチャリンコで逆走とか信号無視とか当たり前じゃないっすか。でも文句言おうと思ってもあれって本社に言っても意味ないんですよ。結局、配達員がそれぞれ『個人事業主』であって。まあ、一人一人が本社の下請け業者みたいなもんです。下請けがいくら悪さしようと仕事を発注した取引先に文句を言うのは筋違いじゃないですか。まあ、上手いシステムだと思いますよ」


 咥えタバコのまま、間宮の説明を聞く伊勢。間宮は続ける。


「『模索模索』も組織として『ウーバーなんちゃら』と同じ体制に変えます。取引先が悪さしようが『肉球会』を襲おうと勝手にやったことじゃないっすか。ヤクザはそれが通らないんすよね」


「おめえの説明は分かりやすいのお。まあ、わしらがおめえらに表立って取り引きは出来んが」


「俺は俺でこの国の表も裏もトップを取るつもりです。伊勢さんは俺らを都合のいいように利用してくれればですね。まあ、ヤクザの世界でトップを取るつもりはさらさらありませんが。いろいろがんじがらめで大変でしょう。実話系の週刊誌に写真が載るのもめんどくさいでしょうし。それより伊勢さんに一つ確認してもいいでしょうか」


「なんだ?」


「自分より弱い奴を『アニキ』って呼べます?」


「なんだそりゃ。呼べねえに決まってんだろ。本心ではな。ただこっちの世界は上が黒いもんを白いと言えば白になる世界や。そういう『上等』はてめえの胸の内に秘めときゃいいんだよ。おめえも馬鹿じゃねえんだろ」


「そうっすよね」


 伊勢の間宮への質問の答え。間宮は心の中で思う。


(まだまだ。それじゃあ五十点だ。もっと『キチガイ』になって貰わねえと百点はあげられねえっすよ)


 伊勢はこの後、どんどん間宮好みの色に染まっていく。

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