第142話よつどもえ
「いらっしゃい。ふん、お前か」
「自分ですいません。おじきのコーヒーが好きでして」
「ふん。まあ座れ。お前がコーヒーだけでうちの店に来るわけがないのは分かっとる」
「おじき。自分はおじきのコーヒーのファンですよ。あれって販売はしてないんですか?」
「ふん。企業秘密じゃ。ほれ灰皿」
「ありがとうございます」
狭山のおじきの店を訊ねた『肉球会』若頭住友。今、情報は狭山に聞くのが一番早いと住友は思っていた。コーヒーがテーブルに運ばれる。ティースプーンで砂糖を二杯入れ、かき混ぜてからカップを口に運ぶ住友。そしてマルボロを取り出し咥え、火を点ける。
「『蜜気魔薄組』の件は水にしたそうじゃな」
「ええ。向こうは若林の引退で京山は松葉杖。それもあいつなら一か月もすればピンピンしてるでしょう。補佐の裕木はまだ時間がかかりますがそれは半グレ集団『模索模索』が先走ったことと。知らぬ存ぜぬがあちらさんの言い分です」
「神内の兄弟ならそれで今回の件は納めるじゃろうなあ。ただ」
「ええ。ドンパチはこれからでしょう。それに『蜜気魔薄組』の跡目はそろばんヤクザですが義理も人情もない『電卓ヤクザ』ですか。そろばんはそろばんでも高性能でデジタルなやつです」
そう言って住友はカップを口に運ぶ。それから新しいマルボロに火を点ける。
「それだけじゃない。厄介なのがその半グレじゃ」
「ですね」
マルボロの灰を灰皿に落としながら狭山に視線を送る住友。
「極道と半グレが裏で列組んどることはそう珍しくはない。やっとるとこはやっとる。ただ『模索模索』は軽く見とるとすくわれるぞ。現に天下の『肉球会』の若頭補佐をめった刺しにしてもお咎めなしじゃろ。極道がポリ公に『被害届』なんぞ出さんじゃろう。間宮っていうたか。実質『蜜気魔薄組』を表向きで仕切ってるのは伊勢、その伊勢のバックに間宮って小僧、そういう図式じゃろう」
「自分が向こうの立場でもそうします。自分らの手を汚さずドンパチするなら自分が伊勢なら『模索模索』を使います」
「さっきの話じゃ。極道と半グレが列組むのは珍しゅうない。ただ、『模索模索』は組織としての実態をなくすと考えられる」
「でしょうね。自分が間宮って小僧ならそうします」
そう言って一気に残ったコーヒーを飲み干した住友が新しいマルボロを咥え、火を点ける。
「おかわりか」
「お願いします」
そして住友の使っていたカップを掴み厨房へ行き新しいコーヒーを運んでくる狭山。軽く頭を下げ砂糖を二杯入れてかき混ぜる住友。
「この戦争、間宮って小僧を一本釣りせんと長引くぞ」
「でしょうね。やつらは『何』を見てるのか。『何』を目指しているのか。まあ、単純なもんなんでしょう」
「神内の兄弟は」
「堅気さん第一の考えはぶれてません。自分もそれが一番だと思ってます。ただ…、おやじは今、誰よりも状況が見えているとも自分は思ってます」
「ふん。『肉球会』が今でもつええわけじゃ」
「ありがとうございます。今回の件ですが、間宮って小僧はうちの京山の後輩なんです。そして京山は間宮に『情』があるようです。おやじは一貫して京山に間宮って小僧のことは任せる考えです」
「『藻府藻府』か…」
「ええ。さすがにうちがガキどもと共闘はあり得ませんが。実際、ここまでその『ガキども』にいろいろ手伝ってもらった形になってるんです」
「神内の兄弟はそういうのを一番嫌がるじゃろうが」
「ええ。一貫して『深入りはさせるな』と言われてるんですが。京山も自分一人でケリつけようとしてボーガンで撃たれる始末です。まあ自分から見て『ちょっと上手くいかない』ことが重なったように見えますね」
「『肉球会』対『蜜気魔薄組』、『藻府藻府』対『模索模索』じゃったら簡単に終わっとる話じゃろう」
「ええ。今後は『肉球会』が両方潰します」
「京山はまだ答えを出せてないじゃろう。『情』が絡んでりゃあ尚更じゃ。それに『藻府藻府』か。あのガキどもも言うて素直に聞くような連中ともちゃうやろう」
「ええ。『藻府藻府』は『極道上等』ですんで。『蜜気魔薄組』の若林を追い詰めたのも実質『藻府藻府』なんです。うちにいた田所も絡んでますが」
「あのユーチューバーになった奴か」
「はい」
「ふん。あいつも根性はあったからのお。脳みそはすっからかんじゃが。それで次の『一手』。お前ならどう打つ」
「一人『消される』でしょう」
そう言って住友が席を立つ。
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